古代のことがらを学ぶことによって、現代の指針とすることができるのではないかと思っています。

星の扉(とびら)背景

# 星の扉(とびら)

# 検索フォーム

# カテゴリ別記事一覧

# 最新記事

# アクセスランキング

[ジャンルランキング]

104位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
歴史ミステリー
5位
アクセスランキングを見る>>

今日は普通に旅の日記です。書きたいことが色々あるので、これからはカテゴリーに分けて色んな記事を書こうかと思っていたのですが、さしあたりどんなカテゴリーを作ったらいいのか「古代エジプト・アトランティス」を分ける意外は思い浮かばなかったので、しばらくはふだんどおり書いていこうと思います。(なお、とりあえず今回のは「日記」に入れておきました。)

私が伊勢神宮に行ってきたのは一昨年で、つまり昨年の遷宮の前のことになるのですが、その同じ年に実は出雲大社にも行ってきたので、そのことについてです。

        300px-Izumo-taisha_honden.jpg
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%87%BA%E9%9B%B2%E5%A4%A7%E7%A4%BE


出雲大社といえば「縁結びの神」として有名で、伊勢神宮とそう変わらない大きな神社ですので行く前はそれなりに楽しみにしていたのですが、残念なことにお参りした後、とても気分が悪くなってしまったのです。

というのも、私はかなり憑依体質なので、波動の悪いところに行くと、そのエネルギーを背負ってきてしまうからです。(ネガティブ思考なのにもかかわらず、ある程度霊感があるとそれを引き寄せてしまうとか…)

こうなるにはきっかけがあったので、もともとそうだったわけではないのですが、ともかく、神聖なエネルギーで満ちているはずの神社にお参りに行くと、かえってその場にあったエネルギーを受けてどんよりと体が重くなったり、頭が痛くなったりしてしまうわけです。

人から聞いた話によると、神社というのは大勢の人がお参りして色んな「念」を落としていくので、それが溜まっていて普通の場所より波動が悪いことも多いのだそうです。

そんなわけで、出雲大社が遷宮の前だったのでたまたまそうしたエネルギー(邪気?)が溜まっていたのかどうかよく分かりませんが、ともかくひどく頭が痛く、具合が悪くなって、途中で粗塩(あらじお)を買って直接頭の上からふりかけたほどだったのです。(粗塩はふだんはお風呂に入れて使うので、そんなことはしたことがなかったのですが…)

そんなことがあったので、伊勢神宮に行ったときも用心して念のため粗塩を多めに持っていったのですが、意外にも伊勢では全然そんなことはないどころか、とても清らかな「場」の空気・雰囲気で、身も心もスッキリとクリア(清浄)な感じになってしまって、お塩は全く必要なかったのでした。

そして、伊勢では外宮・内宮のほかにも周辺のちょっと離れた場所まで足を伸ばしたのですが、それでもその「クリア」な感じがずっと続いていて、そのクリアな場所の範囲の大きさと強さにも驚かされました。

江原さんも本に書いていましたが、これだけ有名で多くの(恐らく日本一)の人がお参りする神社でありながら、いささかもそのご神気が損なわれていないというのは、本当に偉大なパワーだと思いました。

ですので、自分ももしかしてそのような体質ではないかと思われる方は、神宮に一度お参りにいかれるといいと思います。遷宮も終わって、またさらにエネルギーも刷新されていることでしょうし・・・。

そこでクリアな状態の自分というのを体験して、それを帰ってきてからも覚えておかれると、自分にとってのベストな状態(本来の状態)というのをキープしやすくなると思います。 


DSCF0489_20140113005310e83.jpg

(内宮へ向かう途中、宇治橋の上から五十鈴川を望む。)



。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

FC2 Blog Ranking←「FC2ブログランキング」登録してみました。よかったらクリック頂けると幸いです。            

スポンサーサイト
450px-Kamikura-jinja03s2048.jpg
               和歌山県、神倉山に登る石段

今日は、ちょっとエジプトの話題から離れたいと思います。

昨年12月、熊野(和歌山県)へ行ったときに、急な石段を登って神倉山の頂上にある「巨石」を見に行ったというお話を書いたことがありましたが・・・→(「伊勢と熊野に行ってきました。」)
そこへ至るまでの石段が、巨石と同じくらい印象的だったので、そのことを書いてみたいと思います。

Wikipediaによると、この急な石段は538段。
自然石を組み合わせて築かれたもので、ひとつの石段はおおよそ高さ25センチ、奥行きは30~40センチであると書かれています。(高さ25センチというと、低い階段の2倍くらいあり、とても昇りにくいです)

江原さんのガイドブックを見て知っていたとはいいながら、実際に現地に行ってこの赤い鳥居の下から上を見たとき、「こんなに急な階段、本当に上まで登れるんだろうか?」と心配になりました。
(この写真には人が写っていないので実感がわきませんが、この石段ひとつひとつがとても大きいのです。)

この石段を登りながら、「昔の人(たぶん太古の時代の人だろうと私は思っているのですが)は、なんでこんな急な石段を作ったんだろう?・・・しかも、ちょっとやそっとじゃ崩れなそうな頑丈な造りの石組みだし。・・・きっと、大急ぎで上に昇らなければならないようなことが、昔、実際にあったに違いない」と思ったのでした。
(神倉神社の歴史的な創建年代は128年頃と考えられていますが、神話時代にさかのぼる古くからの伝承があり、古事記や日本書紀に書かれている天磐盾(あめのいわたて)の山だとも考えられているそうです。)

そして、その「急いで上に登らなければならないような状況」とは、もしかして「津波」ではないかと思ったのです。

しかし、この神倉山(北緯33°・東経136°)は標高120メートルもあり、現在の常識では「そんなに高い津波が押し寄せるはずはない」と思えるような高さですが、もしかすると古代の大変動期に実際にそのような大津波があり、「そのための避難用に造ったのではないか」という気がしたのです。

(ここは昇り始めは急ですが途中からはさほどでもなく、お年寄りでも杖をついて登っていた方がいたので、時間をかけ、普段から訓練すれば比較的誰でも昇れそうな感じの山でした。)

頂上までいくと、驚くことに神社の周りはほぼ断崖絶壁になっており、しかも人間の力ではどうやっても到底持ち上げられなさそうな巨大な石が狭いスペースに3つも置かれているという、まことに不思議な場所なのです。そして、その巨石を祭るかのように神社が置かれています。


280px-Kamikura-jinja01s2048.jpg

そしてそこから後ろを振り返ると海がすぐ下界に広がっており、津波から大急ぎで逃げるにはうってつけの場所であるようにも思えます。

              
            HI3H0489s_2013103019594596e.jpg




私はこの付近のことはよく知りませんが、地図から推測できることは、神倉山のある位置は海岸からたった2キロ位しか離れておらず、かつ河口からも近いので、太平洋側で大きな地震が起きたら、あっという間に海からと川からの遡上(そじょう)で水に飲みこまれてしまいそうな感じの地域に見えるのです。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


ところで、現代でも実際に120メートルなんて津波がありえるのかなあと思ってまた調べてみると、なんと観測史上最高では、524メートルもの津波があったと書いてありました。 

1958年7月9日(現地時間)、アラスカの南端の太平洋岸にあるリツヤ湾 (Lituya bay) で岩石の崩落による津波が起き、最大到達高度は海抜520mに達し、津波の波高の世界記録とされている。。→リツヤ湾大津波

この場合は要するに、大量の岩石が海面に落ちたため、「水がはね返って」起きたのでこんな高さになったようですが、このリツヤ湾ではそうでない場合でも、120メートルを越す津波が実際に起きているのです。

なお、リツヤ湾では1853年か1854年に120m、1936年に147mの大波(いずれも到達高度)が起こったことも明らかになっている。これは、湾周囲の山林に植生する古い樹木を複数伐採して年輪を調べたところ、該当年の年輪の海側に、大きな外傷を受けた痕跡が残っていたことから判明したものである。(wikipedia「津波」より抜粋)


また、Wikipediaのこのページでは、311東日本大震災のとき、津波により海水が「河川を遡上(そじょう)した」ことについも触れていました。

2011年東北地方太平洋沖地震の津波は、利根川の40kmを筆頭に、江戸川3km多摩川13km荒川28kmなど、関東の深部まで到達した。このことから、海に面していない埼玉県でも地震後、津波の被害に対応する地域防災計画の検討を始めるなどしている。

また、遡上する津波が高い場合は河川の堤防を決壊させて洪水を引き起こすことがある。2011年東北地方太平洋沖地震の津波では、青森県・岩手県・宮城県の計22河川が津波により同時に決壊するという未曽有の被害を生じた。

北上川では、河口から49km離れた旧中田町 (宮城県)にまで津波が到達し、農地の大規模浸水が起こっているほか、名取川では太白区・若林区の、旧北上川では石巻市の市街地を濁流に呑み込み、甚大な被害を出した。

特に旧北上川では、堤防が高台であると考えて津波を避けるため避難してきた小学校の児童たちが、遡上した津波に呑まれるという悲惨な出来事も起きている。

津波の河川遡上という現象自体が一般に知られていないため、津波の際に人々が海岸から離れることはあっても、河川から遠ざかろうとすることはまれである(以上抜粋)




これから起こる「津波」は、(最近は台風にしてもも何でもそうですが)、常に「前回のものよりもっと大きいかもしれない」、あるいは「今までの記録を更新するかもしれない」という覚悟をしておいたほうが無難なのかもしれません。



。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

FC2 Blog Ranking←「FC2ブログランキング」登録してみました。よかったらクリック頂けると幸いです。            
11月からは忙しかったので、その後かなりご無沙汰しています・・・。

このブログ、11月3日以降は日記を更新しなかったのですが、その後のアクセス数を見るとかえって以前より増えているので、12月21日のマヤ歴の終わりが近いということもあり、皆さんの関心が非常に高まっているんだなあと感じています。

個人的なことなのでとくには書かないつもりでいたのですが、12月の初旬に行った伊勢と、熊野のことについて、さらっと書いてみたいと思います。

私は今まで伊勢には行ったことがなかったのですが、以前に友人に行くことを勧められたこともあり、数年前から一度は行ってみたいと思っていました。

行くことになってから、下調べに江原さんの本を買って読んだのですが、それによると、伊勢は毎年大勢の人がお参りして常に人の気配にさらされているにもかかわらず、清々しいご神気が全く薄れていない素晴らしいパワースポットであるとのことだったので、行く前からとても楽しみにしていました。

そして、過去記事にも書いたように私は伊勢は京都、奈良とともにハドソン湾極時代、つまり大洪水前の時代の聖地でもあったと信じているので、よけいに興味は倍増していました。
(参考…「古代の地軸の移動について」


以前にIn Deepさんの以下の記事…伊勢神宮に立ち昇った「光の柱」を読んでから、私は2009年に発見されたマヤのピラミッドの光と同様、これら太古の時代に建てられた聖地には、何らかの(通常は目に見えないような)異次元的・エネルギー的な仕掛けがなされているのではないか・・・それも、いざというとき、地球を守り、安定させるような・・・というようなことをなんとなく思っていました。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
   伊勢の光の柱

米国のミステリー系の老舗ウェブサイトの今日の記事に「日本の聖地に巨大な光が出現」というタイトルの記事がありました。下のような写真が添えられていました。

               ise.jpg


日本語のニュースなどで検索しても同じようなものがありませんでしたので、一応、ご紹介しておこうかと思います。これが掲載されていたブログの性質上、信憑性については何とも言えないですし、上の場所が本当に伊勢なのかどうかも私にはわからないです。

なお、アメリカ人のブログですが、報告のメールを書いたのは日本人のようです。

ところで、私は知らなかったのですが、記事では、伊勢神宮を「 Yamatohime - no - miya 」(ヤマトヒメノミヤ / 倭姫命の宮)と呼んでいましたので、原文通りに記載します。

なお、この光が目撃されたのは今年の 8月27日だと記されています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Huge Light Anomaly at Grand Shrine of Ise, Japan
Phantoms and Monsters 2012.09.13

日本の聖地・伊勢で説明のつかない巨大な光の柱が出現

日本の仲間(読者)が以下のメッセージと写真を送ってくれた。
以下がそのメッセージだ

8月 27日の午前 8時頃、伊勢神宮の外部と聖地(境内)の中央で、厚い光のポール(柱)が立ち昇っている光景が目撃されました。その光は5分間以上にわたって目撃されました。

目撃者は神道の聖職者の家族で、とても長い期間、この地で暮らしています。

そして、彼はこの光の位置の説明で「倭姫命の宮の上に光が」という表現をしており、そのため、私は彼の情報が比較的正しいのではないかと考え、今回、この文章と写真を送ることにしました。私はこれが神の国大和の復活なのではないかと感じます。

ところで、光の柱が出現するという意味は、「この世界が変わる徴候」だとされています。それは、物質的な世界から、物質的でなはない世界へと価値観が移行していく徴候という意味です。

善意が評価される世界になり、世界の人びとは助け合うようになります。

もっとも、そのような「完全な世界」が見られるまでには何世紀もかかるかもしれないですが、しかし、0.1パーセントの変化でも見られれば、人類に巨大な変化を与えます。

物理の新しい法則と理論が発見され、科学が再検討されます。私たちは、最終的な平和世界に向けて多くの変化を見ていくことと思います。そして、最終的に私たち人類の未来は驚くべく場所に存在します。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

日本では、古くから盛んにお伊勢参りが行われていたといいます。

現代でも「日本という国に住んでいる以上、私たちは誰でも伊勢神宮の力に守られている」という話は、もしかして本当なのかもしれない、というようなことを最近は思っていて、それゆえに感謝の気持ちになり、故に今回の旅はベストなタイミングで行けたということが言えると思います。 

また、今後の日本や地球ができれば大災害や天変地異などに見舞われなくても済むように、そしてスムーズに次の段階に進化し移行していけますように・・・などなど、個人的なことは後回しにして、日本の最高峰の神社へのお参りにふさわしいことだけをお祈りしてきました。

また今回の旅の目的は、ただ神社にお参りするだけではなく、太古の時代の文化の痕跡を発見することでもあり、そのひとつは古代の太陽観測所であった伊勢の夫婦岩を見ることと、もうひとつは熊野にある、不思議な巨石を山の上にいただく神社を見るために、五百段もの急な石段を上ってそこに到達することでもありました。

それは、熊野三山のひとつである「熊野速玉大社」がもともと祀られていた「神倉(かみくら)神社」の三頂にある巨石です。
江原さんの「神紀行」という本によると、「速玉大社の古宮である神倉山は、太古の昔に神々が降臨されたとされる霊山である」とあったので、ここにだけはどうしても昇りたいと思って、事前にウォーキングなどで足を鍛えておいたのでした。

                HI3H0492.jpg

(恐れ多くて正面からは撮れなかったので、少し離れて横からの写真なので分かりにくいですが、実際に見ると、ここまで持ち上げるのは不可能だと思えるような見上げるほどの巨石です。)


HI3H0494.jpg
手前にある岩には石を切り出したような跡が。

               
この巨石をじかに触りたいと思って手前にある岩をよじ登って上まで行くと、ひとつだと思っていた巨石が奥にもあって実際は三つもあり、その三つの巨石のあいだにできたわずかな空間に一本の榊(さかき)が備えてあって、簡易で誰かが作った礼拝所のような感じになっていました。

そんな神聖な場所にいたら恐れ多いと思ったのですぐに下に降りましたが、そこには確かに太古からここを守っている存在がいるに違いないと思わせるような雰囲気がありました。

偶然、私がそこを降りた後、慣れた身のこなしであっという間に岩をかけ昇っていった女性がいたので見守っていると、その場所に塩をまいて出雲式の拝礼でお参りしていました。それを見て、「ああ、こうしてここにはちゃんと守ってくれている人がいるんだなあ」と安心したものでした。


            HI3H0489.jpg
                       山頂からの眺め。


熊野ではほかにも那智の滝も見に行き、そこで思いがけず歓迎の虹を見ることができるという幸運にも恵まれることができました。

HI3H0483.jpg


                  HI3H0480.jpg


その虹は滝の近くにまで寄れる社殿からは手で触れられそうなほど近く見え、また実際には写真よりももっと色鮮やかで美しく、水のしぶきと共に輝いて見えました。

それを見ながら、虹は旧約聖書で神様がノアに、「今後は全地を覆い尽くすほどの大洪水を起こさない」という人類への約束をしてくださった証拠でもあることを思い出し、その虹は、神がわたしたち人類のことをいつも気にかけてくださっている証(あかし)のように思えて、なぜかとても安心したのでした。

   
そして、帰路へ・・・

なぜか帰りの高速でも虹が見送ってくれるという幸運に出くわして、今回の旅はさいごまで感謝&感激の旅でした。


         HI3H0508.jpg



関連記事…「神倉山の石段」

/////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////


FC2 Blog Ranking←「FC2ブログランキング」登録してみました。よかったらクリック頂けると幸いです。

# QRコード

QR

# 固定要素

固定要素:a
固定要素:b
固定要素:c
固定要素:d
固定要素:e
固定要素:f
固定要素:g
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。