古代のことがらを学ぶことによって、現代の指針とすることができるのではないかと思っています。

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前回の記事の続きで、色々書きたいことは頭の中にはあるのですが、先日、偶然に
ケイシーの預言で日本について書いている部分をみつけました。

最近、首都圏を襲う地震についての報道も多く、時期も切迫しているような
気がするので、念のためここに引用しておきます。


ただ、これがどこまで当たるか当たらないかということの責任は負えませんので、
参考にするかどうかは各自の判断にしてください。

これは、今は亡きケイシーが、1934年にリーディングを取ったとき(ケイシーが
催眠状態でする透視、予言など)に日本について述べた部分です。



  JPN00201_20151130011652e70.gif


・・・・・・「北海道、本州、四国、九州の四大島は無数の小島とともに、アジア大陸の
東端沖でわずかに曲がった弧をなすように並んでいます。

比較的高い山脈が列島の中央部に位置し、沿岸部の狭い平地が多数の国民を養って
いるのです。

日本の経済は農業と漁業にひどく依存しているため、湾や入り江に多くの干拓地を
作っていますが、それらはすべて揺れやすい基盤の上にあります。


もし日本に一連の大地震が起こりひどく揺さぶられることになれば、干拓地の多くは
海中に没することになるでしょう。


日本の現状は、天災に支配されていて、西太平洋に生じる台風や、チリーやアラスカ、
あるいは日本近海で発生する地震による津波に悩まされています。

この国の陸地は絶え間なく移動しているように見え、関東大地震が東京と横浜の大部分を
破壊したのち、相模湾の水深は、海底の地滑りのため千フィート(約300メートル)も
変化しました。

また、地殻の広範な岩塊が下方へ20フィート、側方へ30フィートも移動し、本州の
東北岸では、90マイル(約144キロ)にわたり地盤が沈下しています。

もしこの速度が増せば、地軸の絶え間ない移動から生じる不安定さに日本列島が反応す
るとき、破壊的な地震が生じ津波が大洪水をもたらすでしょう。




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注・この中で「関東大地震」とは「関東大震災」のことを指していると思われます。

(震源地は相模湾であったため、全壊した家屋は神奈川県のほうがはるかに多かったのですが、東京では火災がひどかったため、逆に火災による死者・行方不明者の数はだんぜん東京の方が上回ってしまったことが統計からわかります。)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%A2%E6%9D%B1%E5%A4%A7%E9%9C%87%E7%81%BD

また、この時の相模湾の「海底地すべり」と地盤沈下については私は知らなかったのですが、以下のリンクではこれについて書かれていたので貼っておきます。

http://isabou.net/TheFront/disaster/point/jisuberi-tsunami.asp#海底地すべりによる津波の発生の検証

この中には「マグニチュード8クラスを記録したとされる関東大地震(1923年)の際には、相模湾および東京湾口に多くの海底地すべりが発生し、海底電線が切断されました。」

とだけありますが、ケイシーは自身が透視したことをしばしば断定的な言い方で述べるため、相模湾の地滑りの幅や地殻の移動距離などについては、まだ学者によって検証されていないのかもしれません。 

これらの予言を見ると、一部はすでに東日本大震災のときに起こったようにも見えますが、
まだこれから起こる地殻変動の警告とも取れるので、注意が必要だと思いました。





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伊勢の夫婦岩について、深い洞察をされている方のブログがあったので、以下に
引用させて頂きました。
http://www.ley-line.net/motoise/motoise_04.html

(文字が小さかったので、文と写真を一部コピーさせてもらいました。)


・・・・・・伊勢の夫婦岩から登る夏至の朝日に天孫降臨を目撃した古代の人々、そして同じ日に日室岳に沈む夕陽に向かって静かに拝み、大日神の恵みに深い感謝を捧げた人々、その人々と宮沢賢治をはじめとするスピリチュアルな感性に富んだ近現代の人々。その人々に共通する何か、そこにもレイラインのカギが隠されているかもしれない。

・・・・・・伊勢内宮と外宮を結ぶ約4kmのラインを底辺として、内宮から北北東へ8km、外宮から北東へ8kmそれぞれ線を伸ばすと、その交点を頂点とする細長い二等辺三角形が現れる。

           ise_map01.jpg


その頂点にあたるのは伊勢の中でも特別な聖地である二見ガ浦の夫婦岩だ。

夏至の日、二見ガ浦の岸辺にある遥拝所から夫婦岩を望むと、締め縄が渡された二つの岩の間から朝日が昇る。
その光は内宮と外宮を結ぶ三角形の内側にあまねく行きわたる。


 夏至は、太陽の日差しがもっとも強い日。日の光を命の源とする生命にとって、もっとも恵みの多い日といってもいい。
天照大神は、日神とも称されるように太陽そのものでもある。

天照大神を祭る伊勢に、力を一杯たくわえた天照大神が降臨する。夏至のこの瞬間は、まさに、伊勢という土地を象徴している。


夏至の日、太陽は夫婦岩の間から昇り、遥拝所の鳥居を潜って、輿玉神社から伊勢の神域へと導かれる
これは、天照大神の使いとして邇邇芸命が地上に降り立つ「天孫降臨」そのままの構図を描き出している

         ise_07.jpg


天照大神が、皇女豊鋤入姫命(とよすきいりひめのみこと)を御杖代(みつえしろ)として大和を発ち、現在の伊勢に落ち着くまでに、各地を80年あまり、20箇所以上も変遷した。
そしてようやく、現在の伊勢に落ち着くわけだが、それは、この土地が持つ「第一行」が、もっとも強かったからではなかったかと前に書いた。

その「第一行」の肝となるのが、夏至の日に夫婦岩から昇る朝日ではないだろうか。

 この日、天気が良く見通しがきけば、昇る朝日の背後に、遠く富士山が浮かび上がるという。

富士山は、不二の山、あるいはアイヌ語で「火」を表わす「フチ」にその名が由来するといわれるが、古来から、力と生命力を象徴する聖地として崇められてきた。

夏至の太陽と不二の富士山が同時に夫婦岩という天然の鳥居を潜り、伊勢へ導かれる。
それは、記紀神話に描かれる天孫降臨の構図そのものだ。



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やっぱり思ったとおりだった。

夏至に昇る太陽を二つの岩ではさんだだけでは足りず、手前にある遥拝所の鳥居で囲み、さらに背後には富士山まで一直線になるように入れてしまうとは!

こうしておけば、太陽だけでなく、富士山に何か異変があっても見つけやすいはずだ。
富士山は、古代にも何度も噴火していた形跡があるという。1万年以上前の富士山は、
今とは別の形をしていたのかもしれない。

その上、冬至の前後(11月~2月頃)には、岩の間から満月が昇るという

伊勢の夫婦岩とその手前にある二見興玉(ふたみおきたま)神社のある場所は、きっと古代の天然の天文観測所だったに違いない。

それに、この神社の二見興玉(ふたみおきたま)という名前も、意味深い感じがするのです。

二見は「二つの岩の間に見る」、興玉(おきたま)というのは、「玉」を太陽に見立て、その間に置いたのでそのような名前をつけたのではないのでしょうか?

あるいは「玉」(太陽)が真ん中に見えるように二つの岩を置いたので、そのように言うのかも・・・


どなたかわかりませんが、前回、前々回と続いて日記に拍手いただいた方、ありがとうございました。
こうしてブログ書いてみると、結構手間も時間もかかるので、訪問者に足跡つけてもらったり、拍手いただいたりするととても嬉しいし、また励みにもなります。(*^_^*)

ところで、ここでちょっと余談です・・・今日は私が思ったことを書くので、特に根拠はありません。だから今回の記事は流し読みにしてくださいね。

前回の記事を読んだ方はもうお気づきだと思うのですが・・・


そう、「聖なる緯度」の中には、なんと日本の京都、奈良、伊勢が入っているのです。

そして、ハドソン湾に北極があったとされる紀元前1万1000年頃以前の文明からはだいぶ隔たりがあるにもかかわらず、これらの場所が同じように古都であった時代があるのは、興味深いですよね。(むかし奈良には平城京、そして京都には平安京がありました。)

でも、これまでの世界の歴史の中で、もともと聖地や古い神殿のあったところに新しい神殿を築くということは、よくあることらしいのです。

ですから、比較的最近のものだと思われる都が、有史以前の都であったりしても、不思議でもなんでもないのだそうです。

ところで京都、奈良、伊勢・・・なんか、心あたりがある方いらっしゃいませんか?

私は、子供のころは関西に住んでいたのでいくつか心あたりがあるのですが・・・

つまり、有史以前の超古代文明の特徴といえば「巨石」の文化なのです。


エジプトのピラミッドでも見られるように、この石を、どうやってここまで持ち上げたの?・・・あるいはどうやってここまで運んだの?と思うような重たい石を、なぜかやすやすと動かせてしまうように見える文明のこと。(イースター島のモアイ像などもこれですよね。)

その頃はよく両親に、色々な観光地に連れていってもらいました。で、調べたわけではないのですが、おそらくこれが自分の目で見た初めての巨石文明の跡ではないかという気がするのです。

         
       280px-Ishibutai-kofun_Asuka_Nara_pref05n4592.jpg
          「奈良の石舞台古墳」
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ところで、ここのところ日本のあちこちの太平洋側の海水位が異常に低くなっているという「干退現象」がネットで話題になりました。
そのニュースの中に、伊勢の「夫婦岩」のものもありましたが、その夫婦岩の写真をみて、私はあるものを連想してしまったのです。
それは、以前に日記で書いたインカのマチュピチュの記事で、神官が毎年冬至の日に行っていた儀式のお話・・・

それは、インカの神秘的な紐(ひも)が大きな石の柱に結び付けられ、太陽が空を行く軌道から外れないようにするためのものだというお話でした。・・・「古代の儀式、伝説にみられる大洪水の記憶」

子供のころ、あの岩を見たとき母に「あれは何?」と聞いた記憶があるのですが・・・

「あれは、夫と妻を結び付けているのよ」と聞いたとき、なぜかピンとこなかったのです。

その頃は、夫婦の仲は結びついているのが当たり前だと思っていたので、わざわざあんな風に紐でくくりつけなければならないわけがよくわからなかったのです。

そして今、私にはあの岩が「夫と妻」ではなく、「太陽と地球」なのかもしれないと思えるのです。


もしも、あれがインカの儀式のように「太陽が空を行く軌道をはずれないために、祈りをこめて作られた」ものだったとしたら?

調べてみると、「夏至の日には二つの岩を結んでいる注連縄の真ん中から日が昇ります。」とあります。

         3656052.jpg


古代の大変動(天変地異と言ってもいいかもしれない)の記憶がある文明には、太陽の軌道が常に変わらないかどうかを確かめるために、「春分・秋分・夏至・冬至」などの位置をつねに確認あるいは監視し、

またそれらの太陽の位置を、二つの大きな石の柱の範囲内に納めるとか(日本では鳥居がこれにあたるのかもしれない)、また一定の範囲の石の囲いの中に閉じ込めるなどの遺跡(マチュピチュにある太陽の神殿など)が見受けられることが多くあります。  

実際に中南米のインカ文明や、古代エジプトなどにもそれらが残っていたことを考えると、この「夫婦岩」もその名残(なごり)ではないかと私には思えてしまうのです。 ( →インカ帝国が築き上げた「太陽観測所」参照 )


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さて、この夫婦岩の注連縄が、最近になって5本全部切れてしまうという不吉なことがおきたとこのニュースは伝えています。・・・

二見夫婦岩のしめ縄切れた-大型でノロノロ台風12号、伊勢志摩にも影響(2011年09月02日)

 大型でノロノロの台風12号の強風と高波の影響で、二見興玉神社(伊勢市二見町)夫婦岩のしめ縄5本が全て切れてしまった。

 しめ縄は、1本約35メートル、重さ約40キロ、太さ10センチ。5本を氏子らが昔ながらの手法であらかじめ綯(な)い調整、毎年3回大注連縄張神事(おおめなわはりしんじ)で張り替える。8月22日に3本が切れ2本だけで夫婦の絆をつないでいたが、9月1日朝7時30分ごろ、ついに残りの2本も切れた。切れたしめ縄は5月5日に張り替えたもので、9月5日の張り替えを待っていたが、しばしの「夫婦げんか」となってしまった。

 2日早朝は満潮時刻と重なったため、同神社の神職らは波しぶきを受けながらの出勤となった。参拝客もびしょぬれになりながら手を合わせていたという。現在神社前の道路は通行禁止となっている。「嵐を乗り越え、5日の大注連縄張神事で新たな絆を張り渡したい」と同神社職員。

 ノロノロ台風は地元の漁業にも影響を与えている。三重外湾漁協志摩支所和具事業所によると、海女漁は8月25日から9日間連続で操業できていないという。漁業者は漁船を英虞湾側の港に回避させるなど台風に備えた。港付近は10メートル以上の強い風が吹き、防波堤を乗り越えようとする波が白くはじけている。

 伊勢湾フェリー、鳥羽市定期船は全便欠航し、JR東海は紀勢本線、参宮線などで運休。県道でも阿児磯部鳥羽線、勢和兄国松阪線などを全面通行止めにした。

 気象庁によると、台風第12号(タラス)は現在(20時45分発表)、室戸岬の南約150キロの海上にあり、1時間におよそ15キロの速さで北北西に進んでいる。中心の気圧は965ヘクトパスカル、最大風速は30メートル、最大瞬間風速は45メートルで、中心の東側220キロ以内と西側170キロ以内では風速25メートルの暴風域となっている。


私にはこれの意味することが、もうこの岩(あるいはこれを守っている日本の神様)は「太陽の軌道をつなぎとめておけない」ということを意味しているような気がするのですが・・・  

   

        6127804050_2f7b1087c1.jpg





皆さんは古代の遺跡が、地球規模で規則正しく配置されていることをご存知でしょうか?

・・・このことを書いた「アトランティス・ブループリント」という本の内容を紹介しようと思い、改めてもう一度ざっと目を通してみたのですが、やはりこれは驚くべき内容だと言わざるを得ません。

どうしてかと言うと、いままで靄の彼方にぼんやりとしか見えていなかった有史以前の古代文明の存在を、ついに立証してしまったと言っていいほどの内容だからです。

この本の前にフレマスは、日本では「アトランティスは南極大陸だった」という題名の本を出していますが、カナダで出版されたこの「WHEN THE SKY FELL」は、9つの言語に訳される大成功を収めたとあるので、海外ではフレマスの名前は有名だと思われます。

その上、ハンコックの「神々の指紋」の成功には、フレマスも寄与していたといいます。

なぜなら、彼が有史以前の古代文明の存在を確信しながらも、そのような文明が存在するのに足りるだけの場所を特定できなくて悩んでいたとき、フレマスが手紙を書いて自説を紹介し、これによってハンコックのすべての疑問が氷解したとあります。
( 関連記事…アトランティス伝説 )

この本の内容については私などが解説するより、実際に読んでもらった方がはるかにインパクトがあって面白いと思うのですが、忙しくて本を読んでるヒマがないという人のために、以下に少しだけ引用させてもらいます。

きっとこれを読めば「歴史認識が変わること」、受け合いです。

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・・・メキシコで最も重要な先史遺跡といえば、それは間違いなくテオティワカンである。

・・・この都市には、「月の神殿」と「太陽の神殿」を結ぶ「死者の大通り」と呼ばれる
長さ2マイル(約3.2キロ)の通りが南北に伸びている。


だがこの道は、厳密に言えば15・5度ほど東北に傾いている のだが、その理由もまた
不明である。だがフレマスは、このテオティワカン以外にも、南米には東北方向に傾いた
祭祀遺跡が49もあるということに気がついた。



-もしかしたら、テオティワカンが最初に設計されたとき、「死者の大通り」は正確に真北を
指していたのではないのだろうか
--すなわち、ハドソン湾の旧北極をーー

(ハドソン湾の旧北極についてはこちら…古代の地軸の移動について
640px-View_from_Pyramide_de_la_luna.jpg
     「月のピラミッド」から望む「死者の大通り」と「太陽のピラミッド」


・・・・・・その結果、以下のような遺跡がハドソン湾の旧北極を指していることが判明したのである。

1. カルデアのウル
2. ニップール(ここで発見されたギルガメシュ叙事詩の粘土板には、理想郷ディルムン が洪水で滅びる描写あり。)
3・ シュメールの都市ウルクのジッグラトと「白き神殿」。
4. エルサレムのヘロデ王の神殿の嘆きの壁。


次にフレマスは、多くの遺跡が彼の言う「聖なる緯度」上にあるということに気づいた。

これは、360の約数となる数字をもつ緯度である。
たとえば30度、45度などがそうだ。

そうして彼は、こうした「聖なる緯度」の上にある遺跡を、次のように40あまりも発見したのである。
これはもはや、単なる数字の遊びとして片づけられるものではない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

〈 ハドソン湾が北極であった当時の聖なる緯度 〉
以下に掲げる遺跡はいずれも、聖なる緯度から0・5度以内の位置にある。


50度  ロスリン、ローンヘッド、キルウィニング、タラ、ニューグレインジ、ノウス、
      ダンネヒト、ウシュマル、チチェン・イッツア

45度  コパン、キリングア、カンタベリー

30度  カルタゴ、キト

25度  トロイア、コンスタンティノープル

15度  ギザ、エリコ、エルサレム、アッシュール、ナスカ、ギルガル、ヘリオポリス

12度  バビロン、平壌

10度  ウル、ウルク、エリドゥ、テーベ、ルクソール、スサ、伊勢、奈良、京都、
      平安京、クマシ、ナカダ、ラガシュ

 5度  ビュブロス、西安、ラリバラ、エレファンティン、ライアテア、タヒチ

 0度  ラサ、粟国島、モヘンジョ・ダロ、イースター島
  

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

この概要を読んで、私は脳天を一撃されるようなショックを受けた。

もしも祭祀遺跡の配置に関する彼の仮説が正しいなら、これはアトランティス以前の文明に関する、これまでで最強の物的証拠となる。

私は一も二もなく執筆役を引き受けた。彼はただちに大量の資料を送りつけてくれた。

そこには、ハプグッドの言う有史以前の「高度科学文明」の存在を裏付ける、信じがたいような証拠がちりばめられていたのである。・・・・・・

 (フレマスの原稿の執筆を引き受けたコリン・ウィルソンの言葉)


      -「アトランティス・ブループリント」より-                  。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
                        
だいぶ時間が経ってしまいましたが、今までの日記で、何度か書こうとしていた「ピラミッド5000年の嘘」という映画の紹介動画をとりあえず貼っておこうと思います。




感想で少しネタをバラすことになるので、これからDVDなどで見る予定の人は、注意してくださいね。


この映画は一回しか見ていないので少なともあと1、2回は見ないとよくわからないというのが正直な感想なのですが、一度見た映画をまた見に行くのもつまらなく思えたので、結局その後行きませんでした。が、むつかしい概念のところを十分説明もせずに素速くパッパッと切り変えるので、十分に内容を咀嚼しているヒマを与えてくれなかったことが残念です。

この映画はピラミッドということでとても興味があったし、センセーショナルなタイトルなので余計にワクワクして見に行ったのですが、見終わった後、少々残念な気持ちが残りました。

言い換えるなら、後半までの8割がたはとても興味深く見れたし、面白かったのですが、最後の悲観的な結論が残念でした。あのようにピラミッドを描いてしまうと、ピラミッドがまるで世界の破局を予言するためだけの遺跡のような印象を与えてしまいそうです。

ピラミッドには、私のような素人が知ってるだけでも他の用途があると考えられ、その中にはまだ発見されていない、太古の時代に生きた人々の素晴らしい智恵や歴史などの、想像もできなかったような財産をもたらすはずのものがあると思えるからです。

実際にあの映画を見たあと、Twitterで「ピラミッドミステリーきらい」というつぶやきを見ましたが、あの映画がきっかけでピラミッドを嫌いになる人がいたとすれば、とても残念なことだと思いました。




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今朝、みのさんの「朝ズバ」で、「首都圏直下型」の大地震が起こった場合、東京はどうなるのかについて特集していました。

こういうのを見せられると、つい直下型地震は東京で起こるものと思ってしまいがちですが、私自身は千葉県東方沖や、神奈川県沖の相模湾などにも起こりそうだと思って警戒しています。

同じように、関東大震災の震源地は東京だと思っている人が多いということに気がついたのですが、これはれっきとした神奈川県沖で起こった地震なので、どうぞお間違いなく…。

ここも、もう地震の一定の周期(70年~80年)をこえて来ていないので、いつ来てもおかしくない、と言われているのです。

          関東大震災


ところで番組では、震度7の想定で津波のシュミレーションをやっていましたが、東京湾に入ってくる津波の想定が従来より高くなって、これまで想定されていた1メートル以内では済まず、2~3メートル以上にもなりうると予想していました。
(津波はエネルギーの塊であるため、ごく低い津波でも大きな破壊力をもっています)
このため、品川区などでは、東京湾に近い地域にはここは「海抜何メートル」という標識を立てる取り組みを始めていたのですが、これはとても助かるということで、地元の人に喜ばれていました。

海からちょっと離れると、もう建物が邪魔して見えない土地というのは、そこが海の近くであるとか、海抜が低いということは分かりにくいものだと思います。

こういう取り組みはぜひ、あちこちでやってもらいたいものだと思いました。

また、もっとも怖いのは関東大震災のときのように火災による被害で、従来から言われているように木造家屋の密集している地域は危ないということと、都心部の燃えやすい地域が山手線のように「同心円状」になっているため、その中にいる人が逃げようがなくなるかもしれないという恐ろしい話でした。

想定では、この地震によって亡くなるのは1万人弱だとされていましたが、もし実際に起こったらそんなことでは済みそうもないなと感じました。

番組では地震の解説者が、地震後に被災した大勢の人を収容するには都会だけでは無理なので、地方に「疎開」させるなどの大胆な対策を取らなければダメだと言っていましたが、まったくその通りだと思いました。

でも、被災してからの疎開では間に合わないので、地震が迫っていることがかなり確からしくなったら、場合によっては仕事を数日間休みにするなどの大胆な対策が取れないものでしょうか?

これだけの大規模な被害が予想されており、かつ日本は地震研究に時間もお金もかけているのですから、それを生かさない手はないと思います。


参考…「関東大震災等で発生した前兆現象」

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ところで最近、StoryMonorochさんという方が作ってくれた、東日本大震災の前後の地震活動についての、とても見やすい動画をみつけました。

「2011年の日本の地震 分布図 」




早回しなので分かりづらいのですが、これを一瞬東日本大震災の2日前の3月9日のところで止めてみると、あきらかに大きい余震が同じところで起こっているのがわかります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

同じ人が世界の分布図も作ってくれています。
「世界の地震 発生地点・規模・時刻分布図」(2011/09/01)



http://www.youtube.com/watch?v=zNGqDRElI44&feature=relmfu

これをよ~く見ると、太平洋を囲む世界の地震というのは、ある種の連動というか、北から南、あるいは南から北など順番に連鎖して起こっているパターンがあるように見えるのです。

特に、太平洋を囲む南の島々(フィリピンやインドネシア、ニュージーランドなど)などの地震がパパパっと素早く南から上へあがってきて、小笠原諸島から日本に達して北の方に抜けて・・・いうパターンや、その逆も多いような気がするのですが。

これを見て私は、日本周辺の太平洋上に起こる地震を気にするようになりました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

翌日の10日にも、大きいのが3つ起こっているのが世界の分布図(字幕)からわかります。


(3月) 9日 11:45分    M7.3 (震度5)
    10日  3:16     M6.0
         6:24     M6・4
         6:24     M6・4



間に合うかどうかはわからないのですが、もし、今度の地震も運良くこのような「先がけ」・「前ぶれ」のようなものがあれば、(あることを祈っているのですが)、すぐにどこかに一時的な避難をしてみるのも手なのではないでしょうか。



このブログ始めて以来、怖い情報ばかり書いてしまったので、少しは救いになるこようなとを書きたいなあと思っているのですが、うまく言葉にすることができず・・・。

他の方のブログを見ていても、煮詰まった話ばかりのものより、少し息抜きができる記事もあった方が面白みがあり、人気があるようですね。

実をいうと、私自身もとても怖がりな人間なので、こういう記事ばかり書いていると怖くなることがあります。

そういうとき、この十年くらいで身に着けたスピリチュアルな考え方と、それの実践によって救われることがあります。

そのひとつは簡単にいうと、イメージの中で自分の中からネガティブなエネルギーを抜くということなのですが、これをやると、体の中から恐怖が抜けていくのです。

こういう体感がわかるようになったのは、5年くらい前にレイキ(霊気)の「アチューンメント」と言われるものを受けてからなのですが、それまではわからなかったエネルギーの流れが、少しだけ体感できるようになりました。

これのおかげで、去年の東日本大震災にづづく余震や、原発の問題などで不安なとき、どれだけ助けられたことか・・・恐怖が強いときは、よりパイプを太くして何度も流すことで、少しずつ恐怖が抜けていくのがわかりました。

「幸福への近道」という地震の予知で有名なブログでも、

『揺れが始まった時は「自分は生きている」と、一言心の中で言われてから行動をとって下さい。
自分が生きると思った時、ご自分の動物的勘が甦り、恐怖心や不安がおさまり、冷静な行動がとれると私は信じています。』と書かれています。


ここで言われているように、自分自身「生きたい」と思う気持ちも大事ですよね。

うちの両親は、母が70代、父はもう80代になります。

そんな両親に内部被ばくの話をしても、「症状が出る頃には私たちは生きてるかどうかわからないんだから、そんなことを気にしても始まらない」と言って、あまりまじめに考えてくれません。

残念ながら、長生きをしたいという気持ちは、年を取るにしたがってなくなってくるのかもしれませんね。

もし私の感が当たっていれば、シベリアを中心とするヨーロッパやアジア北部などは今年、厳しいい寒さになっており、逆にアメリカやカナダなどなどでは温かくなるはずだと思って調べたら、やはりそうだった。

ヨーロッパ
欧州、寒波で220人死亡 各国でガス供給減少

シベリア
30年に一度の「異常低温」、欧州では死者300人突破 

アメリカ
米 続く異常気象 前代未聞...竜巻に洪水など


 どうして、日本のTV番組では海外の異常気象についてほとんど取り上げないのだろう・・・?

もし日本人が日頃から世界の異常気象を目や耳にし、身近なこととして感じていれば、原発を再び稼働しようなんて無謀な考えは起こらないはずなのに・・・。


日本人が平和ボケしてると言われるのは、マスコミが情報をコントロールしているからにほかならないと思う。
今日は、フレマスの「アトランティスは南極大陸だった!」という本に書かれている古代の神話、伝説の中でも、特に印象的だった話を書いてみようと思います。

まずは、高い山のてっぺんに築かれたことで有名なインカの「マチュピチュ」遺跡についてのお話・・・。


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この遺跡を1911年に発見したアメリカ人探検家、ハイラム・ビンガムが書いた「The Lost City of the Incas」(失われたインカの都市)という本の中には、毎年インカで行われていた儀式の話があるといいます。

それは毎年マチュピチュの神官たちによって冬至の日に行われる儀式のお話です。

これは、インカの神秘的な紐(ひも)が大きな石の柱に結び付けられ、太陽が空を行く軌道から外れないようにするためのものだという。

この儀式はインティワタナ(太陽を柱につなぐの意)と呼ばれ、地殻移動による大惨事を防ぐための儀式として行われたのかもしれない。

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                  太陽の神殿のインティワタナ

・・・現在では要塞ではなく、東西が断崖のマチュ・ピチュは太陽の動きを知るのに絶好の場所であったことや、インカ帝国では太陽を崇拝し、皇帝は太陽神の子として崇められ、暦を司っていたことから、インカ人が崇めていた太陽を観測するための建物群と推測されている。
実際に太陽の神殿は東側の壁が2つ作られていて、左の窓から日が差し込む時は冬至、右の窓から日が差し込む時は夏至と区別できるようになっている。

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また、処女たちを生贄にしたといわれてきた台座上の遺構もやはり太陽を観測するものであり、「インティワタナ(太陽をつなぐもの)」という意味の石の台の削りだされた柱は、1種の日時計だったと考えられている。 (Wikipedia マチュ・ピチュより )



そして、もしそうであるならば、世界中で発見されている謎に満ちた巨石遺構の存在は、大洪水のあとに太陽の軌道を一定に保とうとした古代の人々の試みであったのかもしれない。

支柱にくくりつけられた太陽が軌道を外れることはなく、ひいては大洪水も起きる心配はなかったのである。そうしておけば、以降の1年間は安全が保障されると考えたのであろう。

この本を書いたランド&ローズ・フレマスによると、

「インカ人にとっては、事実上の脅威となるのは核戦争ではなく、大洪水だった。
この脅威に対抗するために、彼らは海面からはるか高みにある山の頂上に基地を建設していた。

もし再び大洪水が世界を襲ったとしても、高山部に位置するマチュピチュのような場所でなら子孫の繁栄も展開できるわけだ。」と言っている。


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「現在もロシアのボルガ川西部の地域に住んでいるマリ人たちは、大地が巨大な雄牛の一本の角によって支えられていると信じていた。

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この巨大な雄牛は、さらに大きなカニの背中の上で慎重にバランスを取りながら立っている。カニは海底で動かずにいるのだ。雄牛の頭が少しでも動けば地震がおきる。

マリ人たちは、一本残っている角が折れて、大地が再び海の中に沈んでしまうという恐怖にさいなまれながら暮らしていた。

雄牛が頭を前の方に傾けたら大地がずり落ち、大地震が起きると信じていたのである。
そして角からほうり上げられたら、大地は空中高く舞い上がり、今度は空が落ちてくる。

最終的に大地は海に落ち、地表全体が水に呑まれてしまう」とある。


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上の話とちょっと似た概念を伝えていると思われるインドの世界観を表したイラスト

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 私は以前、これら古代人の描いたイラストを見たとき、本当の宇宙の仕組みを知らない文明の遅れた世界であるがゆえに、こういう絵を描いたのだな・・・思っていました。

しかし今見るとこれらのイラストは逆に、私たち大変動を知らない子孫に、自分たちが乗っている大地がいかに不安定なものであるか、そして地軸がいずれかの方向にも傾くことがあるということを伝える、古代人の叡智なのではないかと思うようになりました。




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