古代のことがらを学ぶことによって、現代の指針とすることができるのではないかと思っています。

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前回の記事で映画のことが出てきましたが、あの3つの中でもジョディ・フォスターが主役を演じた「コンタクト」は私にとってもとても印象深く、また面白い映画でした。
「別次元」がどんなものかを知りたい方には、お勧めかもしれません。

また「夢の中や、次元を探求するさまざまな概念に触れてそれを思い出す」とありましたが、今日はそれについて少し個人的な話を書いてみたいと思います。

まず、「夢」についてですが、これを私は自分の潜在意識からのメッセージとして重要なものとみなしているのでよく覚えていますし、場合によっては記録することもあります。
実は、地球の大変動のことを思うとき、自分にとって心の支えになっている夢がひとつあるのです。

私は小さいころ、といってもせいぜい小学校の低学年くらいまでだったと思うのですが、すごくリアルでSFチック、あるいは奇想天外な夢をよく見ました。

そのうちのいくつかは断片的で意味もよく分からないものでしたが、ひとつ言えることは、今だに覚えているほどインパクトがあったということです。

そして、そのうちいくつかは、わたしの魂が本当に体験した出来事ではないかと思えるのです。
なぜかというと、あまりにもリアルだったし、またその頃の自分には想像もつかないような出来事、あるいは場面の展開だったからです。

私が年頃になったころ、ようやく「未知との遭遇」や「スターウォーズ」などのSF超大作と言われる映画が公開されるようになりましたが、私が子供のころにはほとんどなかったし、また見たことも皆無だったのです。

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「子供のころの夢で印象深かったもの」

1、まるで他の星のような不思議な雰囲気のところ。
静かなエメラルドグリーンの海が大半を占め、はるか向こう岸に対岸の島(あるいは半島)が見えているほかには何もない。
私は髪の長い女性で、その海を向こう岸目指して音も立てずに泳いでいるが、よく見ると水面ではなく、水の中を息継ぎもせずに泳いでいる。

2、自分が超人的な身体能力をもっていて、町の中でバク天しながら坂道を下る夢(笑)、

3、これも地球だか他の星なのだかよく分からない不思議な場所で、ふと上を見上げると、夜空に月のような大きな星が見え、普段はひとつしかないのに、ふたつになっていたので非常に驚き、他の人にも伝えると、他の人も驚いて皆が騒ぎ出し、みんなで怯えている夢。

でも、何より一番インパクトがあったのは、「自分のいる星に向かって巨大な(に見えた)星がまっすぐに突っ込んでくる」夢です。それはまさに私たちの惑星にぶつかる直前で、恐怖のあまり飛び起きたのを覚えています。

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最近、TVの「ディスカバリー・チャンネル・ベスト」という番組で太陽系の成り立ちについて解説した番組を見たのですが、太陽系では、初期の時代に「ちり」がかたまり惑星になる過程で、あるいは惑星になってからも、星同士でたくさんの衝突という事件があったということを語っていました。

古くから多くの生まれ変わりを経験してきた私の魂は、あるいは太古の地球でそれを経験したのかもしれないと思っています。それゆえ、今ここで何事もなかったように生きているということ自体、私にとっては奇跡のようなことなのです。

今、地球の大変動といっても、よその星がまるごとぶつかってくることに比べればまだ序の口のような感じさえします。自分が過去にあれほどの大惨事を経験し、粉々に砕かれてもなお、まだここでこうして生きていられることを思うと妙な自信さえ湧いてきます。

・・・思えば、この物理次元の地球で私がどんな災害、どんな事件に巻き込まれようと、また私の身が粉々にされて朽ち果てようとも、私の本質である「霊と魂」には何一つ傷はつけられないのだなあと心強く思うのです。




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さて、以前に抜粋したフラワー・オブ・ライフの「次元上昇の過程」のつづきですが、やはり内容が複雑になり長くなるので、申し訳ありませんが抜粋はできませんでした。

その代わり、その後に来る「惑星の次元シフト」というくだりをちょっとだけご紹介してみようと思います。
というのも、以前に出てきた虚空(ヴォイド)という言葉の意味が少しだけわかると思いますし、また私たちもそこを通過してきたと書いてあるからです。

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この地球上に生きている人なら誰でもみな、すでに次元シフトを体験しています。
ここ地球にやって来るにはそうしなければならなかったからです。それが宇宙の事実です。


どこからやってきたとしても、よほど近くから来たのでない限り、地球にたどり着くには「虚空」を通過しなければならず、そのためには次元を変わらなくてはなりませんでした。

あなたは赤ん坊として地球に誕生した日、次元シフトを体験しました。ある世界から別の世界へと移行したのです。それを覚えていないのは、単に人間の記憶力の問題にすぎません。

誕生時や別次元での体験を覚えていないということは、私たち自身にとほうもない制約を加えます。そのひとつは、ばく大な距離というリアリティ(現実)を乗り越えられないことです。

この現実では距離はあまりにも大きく立ちはだかり、超えることができません。私たちは太陽系の外へも出られずにいるのです。現時点の意識状態では、人類はみずからの住処(すみか)に縛り付けられています。

違うと思いますか?今の時空間の認識では、宇宙船で遠く離れた宇宙へ旅することは不可能です。地球の科学はとっくにそうした結論に達しています。もちろん、私たちが決してこの太陽系から出られないというのは、胸がつぶれるような見解です。

1番近くの星(4光年離れたアルファ・ケンタウリ)に行くのでさえ、今日の宇宙科学技術では約1億1500万年もかかります。人はそんなに長生きできないし、しかも1番近い星でこうなのです。


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もっと遠くの宇宙へ行くなんて、逆立ちしても無理な話です。それを可能にするためには、私たちの時空間の解釈を変えねばなりません。

すでに述べたように、問題は私たちが時間と空間しか認識しておらず、次元の真実をほとんど見失ってしまったことです。すべては完璧であるがゆえに、まさに必要となった、私たちはそれを思い出しつつあるのです。

まず最初は夢の中で思い出します。それから『スター・トレック』『コンタクト』『スフィア』のような映画や、次元を探求するさまざまな概念に触れて思い出すのです。
神が私たちと共にあるのですから、必ず思い出すことになっているのです。


(フラワー・オブ・ライフ 第2巻 18・次元のシフトより)  
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・・・またオリブ山ですわっておられると、弟子たちが、ひそかにみもとに来て言った。

「どうぞお話しください。いつ、そんなことが起こるのでしょうか?・・・あなたがまたおいでになる時や世の終わりには、どんな前兆がありますか?」

そこでイエスは答えて言われた。

「人に惑わされないように気をつけなさい。多くの者がわたしの名を名のって現れ、自分がキリストだと言って、多くの人を惑わすであろう。また、戦争と戦争のうわさとを聞くであろう。注意していなさい、あわててはいけない。それは起こらねばならないが、まだ終わりではない。 

民は民に、国は国に敵対して立ち上がるであろう。また、あちこちに、飢饉が起こり、また地震があるであろう。
しかし、すべてこれらは生みの苦しみの始めである。 

そのとき人々は、あなたがた(キリストの弟子たち=クリスチャン)を苦しみに合わせ、また殺すであろう。またあなたがたは、わたしの名の故にすべての民に憎まれるであろう。・・・しかし、最後まで耐え忍ぶものは救われる。

そしてこの御国の福音は、すべての民にあかしをするために、全世界に述べ伝えられるであろう。そしてそれから最後が来るのである。

預言者ダニエルによって言われた荒らす憎むべき者が、その聖なる場所に立つのを見たならば(読者よ、悟れ。)
そのとき、ユダヤにいる人々は山へ逃げよ。屋上にいる者は、家からものを取り出そうとして下に降りるな。・・・・・・・

その時には、世の始めから現在に至るまで、かつてなく今後もないような大きな患難が起こるからである。
もしその期間が縮められないなら、救われる者はひとりもないであろう。しかし、選民のためには、その期間が縮められるであろう。・・・・・・・・

しかし、その時に起こる患難の後、たちまち日は暗くなり、月はその光を放つことをやめ、星は空から落ち、天体は揺り動かされるであろう。

そのとき、人の子(キリスト)のしるしが天に現れるであろう。またそのとき、地の全ての民族は嘆き、そして力と大いなる栄光とをもって、人の子が天の雲に乗ってくるのを、人々は見るであろう。」
 
                                   (マタイによる福音書24:3~30)

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さて、上に赤字で示した「たちまち日は暗くなり・・・天体は揺り動かされるであろう」の部分ですが、このブログを読んでくださっている方はもう、これが以前に紹介した「太陽嵐とユート族の神話」とよく似ていることに気づかれたことと思います。→「太陽嵐とユート族の神話」

この神話でも太陽の神「タ・ヴィ」は地下の洞窟に「逃げ戻って」しまいます。

また、日本神話でもアマテラスオオミカミ(天照大御神)が、天の岩戸に隠れてしまいます。
「弟のスサノヲノミコト(須佐之男命)が高天原で乱暴を働いた結果、天照大御神は天岩戸に隠れてしまった。
世の中は闇になり、様々な禍が発生した」とあります。→天照大神

古代には、太陽が隠れて真っ暗になったという伝説は他にもあります。ですから私が思うに、太古の昔、何らかの理由で太陽が「隠れ」、見えなくなってしまった恐ろしい時代が本当にあったのではないでしょうか?


今は夏ですから、あのぎらぎらと照りつけ、永遠に燃えるように思われる太陽が真っ暗になるなんて想像もつきませんが、もしそんなことがあるとしたら、一体いかなる理由によるものなのでしょう?・・・

そして、月も暗くなるということは、もしかすると太陽自身の光が暗くなることを意味しているのでしょうか?それとも、何らかの理由で地球の上空が塵で覆われ、太陽も月も見えなくなることを意味しているのでしょうか?

その原因はわかりませんが、太陽が暗くなってしまうなんて、考えただけでも人類にとっては相当恐ろしいことのはずです。なぜなら、その時電気が使えるのかどうかなんて定かでないし、また太陽電池さえも使えないからです。

文字どうり世界は真っ暗になって、明かりと言えばマッチやろうそく、焚き火のような自然の火しか使えなくなってしまうのかもしれません。

そして、それが長期化すれば・・・植物も育たず、雨も降らなくなれば作物もダメになってしまい、きっと食料や水にも事欠き、飢饉の日々が訪れることでしょう。

また、太陽の光がないので世界はどんどん寒冷化し、寒さで死ぬ人が出るかもしれません。
何よりも暗くなることで治安の悪化が心配です。古事記にも「世の中は闇になり、様々な禍が発生した」とあるとおり、世界は大混乱をきたすことになるのではないでしょうか。


金環日~1
                 (写真は金環日食)


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「人は何度でも生まれ変わる」・・・すなわち人は「輪廻転生する」というお話しと、世の終わりの「朽ちるものが朽ちないものを着て、神の国に生まれ変わる」というこのふたつのことが混乱を招きそうな気がしたので、少々補足させてもらいます。

「輪廻転生」とは、通常わたしたち人間が、何度も別の時代の別の人間に生まれ変わっては、色んな体験(修行)をして魂を磨いていくことをいいます。(人はふつうそれを覚えていませんが。)

聖書の方では、世の終わりのことを言っています。それは選ばれて「神の国」に入る人たちは、「朽ちないからだ」をもらって永遠に生きられるということを言っているのです。

このふたつは全く違うことがらのようですが、実は「聖書」と「輪廻転生思想」は矛盾しないのです。それはあとから説明するとして・・・。

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このふたつ、それぞれに難しい概念ですが、まずこれを理解するには「核」の部分を理解しなければなりません。

それはどういうことかというと、私たちの本質は「霊」(あるいは霊魂)であって、決して「肉体」そのものではないということです。(聖書では神も「霊」であると言っています。)

もしこの1点だけでもしっかり理解できれば、それぞれはその応用編とでもいいましょうか、それほど理解に遠いことがらでもないような気がします。

すなわち、人が死んでも霊魂はその「肉体」を脱ぎ捨ててあの世に行くだけだと考えれば、あの世に行った魂が、また別の肉体に入ってこの世に戻ってきても理論上はおかしくないはずです。

そして、世の終わりには、同じように「霊」になった人間に、「朽ちないからだ」を着せようと神様は言って下さっているのです

このように考えると私たちの本質である「霊」は、驚くべきことですが、まるで洋服を着たり脱いだりするように肉体、あるいは「からだ」を着替えられるのだということが分かります。 ( →死人のよみがえり


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前々回に書いた「聖書の中に見る次元上昇」の話のさいご、「死人の復活」について、少し補足を入れることにします。
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・・・・・しかし、ある人はいうだろう。

「どんなふうにして、死人がよみがえるのか?・・・どんな体をしてくるのか?」

おろかな人である。あなたの蒔くものは、死ななければ生かされないではないか。

またあなたの蒔くのは、やがて成るべきからだをまくのではない。

麦であっても、他の種であっても、ただの種つぶにすぎない。

ところが、神はみ心のままに、これに体をお与えになる。

すべての肉が、同じ肉なのではない。人の肉があり、獣の肉があり、鳥の肉があり、魚の肉がある。

また天に属するからだもあれば、地に属するからだもある。

天に属するものの栄光は、地に属するものの栄光と違っている。

日の栄光があり、月の栄光があり、星の栄光がある。

また、この星とあの星とのあいだに、栄光の差がある。

死人の復活も、また同様である。

朽ちるものでまかれ、朽ちないものによみがえり、卑しいものでまかれ、栄光あるものによみがえり、弱いものでまかれ、強いものによみがえり、肉の体でまかれ、霊のからだによみがえるのである。

肉のからだがあるのだから、霊のからだもあるわけである。


聖書に「最初の人アダムは生きたものとなった」と書いてあるとおりである。

しかし最後のアダム(キリストのこと)は命を与える霊となった。

最初にあったのは、霊のものではなく肉のものであって、その後に霊のものが来るのである。

第一の人は地から出て土に属し、第二の人は天から来る。

この土に属する人に、土に属している人々は等しく、この天に属する人に、天に属している人々は等しいのである。

すなわち、わたしたちは、土に属している形をとっているのと同様に、また天に属する形をとるであろう。
 




イエス・キリスト

                         
                       (第一コリント15:35~49)
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このブログを4~5か月前に書き始めてから、世の終わり~アセンションのところまで一気に書き上げましたが、ここにたどり着いたら少しホッとして、間があいてしまいました。

こんなに急いで書いたわけは、いうまでもなく人類が「世の終わり」に向かっているのではないかという危機感からと、また、それがいつ来るのか分からないということ、

また激しさを増す地球規模の気候変動のことを多くの人に気づいてもらい、日本の人々にも早く災害への備えをしてもらいたいとの気持ちもありました。

なので、あまり余裕もなく本の抜粋などを多用してしまったので、十分に書ききれていない部分も多々ありますが、どうぞお許しいただきたいと思います。

「ノアの大洪水」の記事など、まだ追加して書く予定のものもありますが、本を抜粋するものはあまり長いのは大変だし、また長く引用すること自体に問題もあるような気がするので、やむを得ず中途半端になってしまう所もあるかもしれません。

ですので、どうしても気になるところは個人で本を買ってもらうなり、借りて読んでもらうなどしていただけるようよろしくお願いしたいと思います。m(_)m

このブログ、自分のことばが少ないのですが、ひとつにはあまり「思想の押し付け」はしたくなかったのと、あとは読者の方に判断していただきたいとの思いからでした。

私自身もそうですが、特に宗教・哲学などの分野は押し付けられても自分で納得しないことには先に進めない性格なので、読者の方もそうであろうと思ったからです。

でも、もし幸いにもピンとくる箇所があれば、もっと調べられるように出所を明記しておきましたので、興味のあるところはぜひ掘り下げて研究していただければと思います。

わたしは、日本人にはあまりなじみのない「聖書」の内容や、「古代遺跡」など自分の興味のある分野のことを書くことによって少しは人のお役に立てるかもしれない、という思いからこのブログを書いてきました。

しかしながら、素人の判断で書いているゆえ間違うこともあるかもしれません。その点はどうぞ広いお心で受け止めてお許しいただきたいと思います。

これからもブログは続けますが、もし過去記事のことについてもっと書いてほしいという要望があれば、できるだけご要望にお応えしたいので、コメント欄かメッセージにでもいただればと思います。
 
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さて、今までに見てきた地球の「次元上昇」ですが、実はわたしはこの「次元上昇」という言葉には慣れていないので、あまりピンとこないというか、イメージが湧きにくいのです。

このブログを読んでくださっている方にとってもそうかもしれないので、今日は聖書の言葉ではこれをなんと言っているかについて紹介しようと思います。私には、こっちの方がわかりやすいので・・・

聖書では、世の終わりのあと、神が造った「新しい天と新しい地が来る」と言っています。



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見よ、わたしは新しい天と、新しい地とを創造する。
さきのことは覚えられることなく、
心に思い起こすことはない。

しかし、あなたがたはわたしの創造するものにより、とこしえに楽しみ、喜びを得よ。
見よ、わたしはエルサレムを造って喜びとし、その民を楽しみとする。

わたしはエルサレムを喜び、わが民を楽しむ。
泣く声と叫ぶ声は再びその中に聞こえることはない。
わずか数日で死ぬみどりごと、おのが命を満たさない老人とは、もはやその中にいない。

百歳で死ぬものも、なお若い者とせられ、百歳で死ぬものは、のろわれた罪びととされる。
彼らは家を建てて、それに住み、ぶどう畑を作って、その実を食べる。

彼らが建てるところに、ほかの人は住まず、彼らが植えるものは、ほかの人が食べない。
わが民の命は、木の命のようになり、わが選んだ民は、その手のわざを長く楽しむからである。・・・・

                      (イザヤ65:17~22 ~預言者イザヤのことば~)


あなたがたは、心を騒がせないがよい。神を信じ、またわたしを信じなさい。
私の父の家には、住まいがたくさんある。もしなかったならば、わたしはそう言っておいたであろう。

あなたがたのために、場所を用意しにいくのだから。
そして、行って、場所の用意ができたならば、また来て、あなたがたを私のところに迎えよう。
わたしのおるところにあなたがたもおらせるためである。


                       (ヨハネ14:1~3 ~イエス・キリストのことば~)


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・・・・兄弟たちよ。わたしはこのことを言っておく。

肉と血とは神の国を継ぐことができないし、朽ちるものは朽ちないものを継ぐことがない。
ここで、あなたがたに奥義を伝えよう。

わたしたちすべては、眠り続けるのではない。終わりのラッパの響きとともに、またたく間に、一瞬にして変えられる。
というのは、ラッパが響いて、死人は朽ちない者によみがえらされ、わたしたちは変えられるのである。

なぜなら、この朽ちるものは必ず朽ちないものを着、この死ぬ者は必ず死なないものを着ることになるからである。


この朽ちるものが朽ちないものを着、この死ぬ者が死なないものを着るとき、聖書に書いてある言葉が成就するのである。

「死は勝利にのまれてしまった。
死よ、おまえの勝利は、どこにあるのか。
死よ、おまえのとげは、どこにあるのか。」 




                          (コリント人への第一の手紙15:50~55)
              ~使徒パウロとソステネから、コリントにある教会へ宛てた手紙~ 

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とりあえず、気になったニュースがあったので貼りつけときます。

「カラパイア」より・・・
「太陽系の最外縁部には奇妙な磁気バブルが存在していることが判明(NASA)」

米航空宇宙局(NASA)は9日、惑星探査機ボイジャー1号と2号のデータをコンピューター解析した結果、太陽系の最外縁部には奇妙な磁気バブルが存在し、これまで考えられたように滑らかな状態ではないことが分かったと発表したそうだ。

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(ソース:太陽系最外縁部は磁気の泡だらけ、NASA  AFPBB News)

1977年に打ち上げられた2機のボイジャーは現在、地球から160億キロ離れた太陽系の最外縁部を探査している。太陽系最外縁部についてはほとんど分かっていないが、ここでは銀河系の星々が及ぼす様々な影響によって太陽風が弱まり、磁場がゆがめられると考えられている。

ボイジャー

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NASAによると、太陽の磁場が爆発現象を起こすと、遠く離れた太陽系の最外縁部で激しい磁気バブルが発生することが分かった。この磁気バブルは幅1億6000万キロに及ぶ巨大なもので、ボイジャーがその1つを横断するのにも数週間を要するという。

 これまでの仮説では、太陽の磁場は優雅な曲線を描いて再び太陽に戻っていくと考えられていた。しかし、実際の太陽系の最外縁部は、磁気の泡だらけの海のようなものだとみられる。

YOUTUBE動画:(省略)
NASA | Voyager Finds Magnetic Bubbles at Solar System's Edge



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