古代のことがらを学ぶことによって、現代の指針とすることができるのではないかと思っています。

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ここに"2012"A-Z -A Galaxial Evevt of Disneyesque Proportion というご紹介したい動画があるのですが、長いので「part 2」の部分だけ貼らせていただきます。

       
                 
(ちなみにフルバージョンはこちら… 2012 A-Z" - A Galaxial Event of Disneyesque Proportion  )

この動画、CGも含めてなかなかよくできていて、とても面白いです。ディズニー風の仕上げも楽しくて、これだけの動画を作るには、けっこう時間もお金もかかっているように思えるので、それだけの資本力のある団体が作ったようにも思えるのですが・・・ただこの内容が正確なものなのかどうかは私にはわかりません。

part1の出だしには、「今まで習った常識はいったん脇においてから見てみてください」みたいなことが書いてあるので、もしかすると宇宙からのチャネリング情報などを元にして制作されたものなのかもしれません。

でも、情報源がなんであろうが、それが真理ならそれはそれでいいと思います。

今まで太陽が銀河の中をどういう風に動いているのがよくわからなかったのですが、とりあえずこれを見ると「銀河平面を蛇行して進む太陽が、銀河平面を横切る周期が、約13000年おきなのではないか」という私の推測があたっていたのでほっとしているところです。(参照… 不死鳥の周期

また、今まではなんとなく太陽系の惑星がみな同一平面上を回っているようなイメージを持っていたのですが、それが違っていて、これも「目からうろこ」でした。
  
高速で進む太陽を追いかけるように、太陽系の惑星が 「螺旋状」に回っている とでもいうんですかね・・・。
動画には、「 We all live in a helical solar system 」(ビートルズの歌みたいですが…)となっているので、「私たちはみんな、螺旋(らせん)状の太陽系システムの中で生きている」ということらしいです。

Wikipediaで調べてみたら、螺旋の意味はこうなっていました。

螺旋(らせん)

螺旋(らせん)とは、3次元曲線の一種で、回転しながら回転面に垂直成分のある方向へ上昇する曲線である。螺線(らせん)とも。英語ではヘリックス (helix)、形容詞はヘリカル (helical)。「螺」は「ラ」「にし」と読み、タニシ(田螺)やサザエ(栄螺)のような巻き貝の貝殻を意味する。 

     
                   220px-060322_helix_svg.png
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この動画で「螺旋(らせん)運動をま横から見た時に、蛇行しているように見える」ということに気がついたのです。
(地球などの惑星たちが太陽の周りをらせん状に回っているのを垂直方向から見ると、上下に蛇行しているようにみえますね。)

私は今までスピ系の本などに書いてある、「太陽系がプレアデス星団の明るい星、アルシオネの周りを26000年周期で回っている」という説があまり信じられなかったのですが、これを見て「そうなのかもしれない」と思うようになりました。(アメリカのゲリー・ボーネルという霊能者が、「光の12日間」という有名な本でそう書いているそうです。)

          Les-Pleiades_20130124031843.jpg
             プレアデス星団

それとまったく同じように、太陽がアルシオネの周りを26000年かけて1周回りながら、かつアルシオネもまた一定の方向に進んでいるとすると、同じようにらせん状に回っているように見えるはずです。

このらせん運動を垂直方向から見ると、アルシオネを中心にして13000年上り、13000年下り・・・という具合の「蛇行」に見えるのではないでしょうか。 (参照・・・「天界を映す鏡・補足」

さらに、アルシオネがほぼ銀河平面上にあるのであれば、太陽および太陽系の惑星もまた、銀河平面を13000年おきに通過するはずなので、上の動画と一致するはずです。

(なお、Sirius(シリウス)についてはわたしは以前よく分からなかったので触れなかったのですが、上の説明によると、アルシオネは2億2500万年かけて(我々の天の川銀河の中心にある)シリウスの周りを回っており、シリウスは宇宙の中心にあるグレート・セントラル・サンの周りを回っていると言っているようです。)

 
さて、螺旋(らせん)に関しての興味深い情報がほかにもあったので下記に抜粋してみます。スピリチュアル系の情報ですが、興味のある方は読んでみてください。

地球上の生命にとっては「We all live in a helical solar system ♪ (イエローサブマリンの節回しでどうぞ)」
となるようですが、他の銀河系まで入れた宇宙全体の生命体まで含めたとしても、

We all live in a helical system♪ 」ということになるらしいです。 
 

(上の動画に関連する記事はこちら・・・「 左回り 」 と 「 右回り 」
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あなたがたの惑星はいま、霊的な進化においてほかに例を見ないすばらしい転換期を迎えています。そしてかつてなかった画期的な飛躍に備えようとしているのです。

そのことをより明確に理解していただくためには、宇宙のすべてなるものの中心である「大いなるセントラル・サン」をめぐる銀河全体の軌道についてまず説明しなければなりません。

あなたがたの太陽系(わたしたちはそれを 「ソーラーリング」 と読んでいます)が銀河系の中心の周囲をまわるのとちょうど同じように、この銀河系そのものも次々と連なる環状軌道にそって、巨大な螺旋(らせん)を描きながら宇宙空間の中を移動しています。

そして数十億年という長い時間をかけて、「大いなるセントラル・サン」を一周し終えると、銀河は宇宙の巨大な螺旋を斜め上に進み、次の環状軌道へとつながります。

この、ひとつの円環から次の円環へと斜め方向の動きが生じるとき、すべての惑星や太陽系、そこに住む住人たちは、いっせいに新しい進化のサイクルの最初のステップへと踏み出します。これがいままさに起こっているのです。

あなたがたは地球と太陽とプレアデスのひとサイクルである2万6000年の終わりにいるだけでなく、太陽系を含めたプレアデス星系が銀河系の中心を一周する2億3000万年の軌道の最終地点にいます。(動画では2億2500万年といっています)

その上さらに銀河系全体が「大いなるセントラル・サン(宇宙の中心)」をまわる、無限とも思われるはてしない軌道をひとつ完了させようとしているのです。(これは昨年12月21のことなので、2013年を迎えた今はすでに新しい周期に入ったということ

これら3つのサイクルのすべてが渦巻く宇宙の螺旋(らせん)の舞いのフィナーレで足並みをそろえ、同時にラスト・ステップを終えようとしているという共時性が、この転換期の重要性を物語っています。

このダンスはだれ一人足を踏まれることなく舞い終えて、次なる新しいダンスを始めなければなりません。そのときこそ、さらに洗練された優雅な舞いが繰り広げられるのです。・・・・・・

(「プレアデス覚醒への道」 アモラ・クァン・イン著)




           andromeda-dwarf-galaxy.jpg

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前の記事で私が「小学校の頃から世の終わりという概念に触れてきた」と書いたので、私がキリスト教家庭に生まれたのかと思われる方がいたかもしれませんが、そうではないので、ここで説明するとともに、簡単に私のプロフィールを書きたいと思います。

私の家は普通のサラリーマン家庭で、特に宗教というものを持っていませんでした。
そんな私がキリスト教に触れた最初の場所は、カトリックの幼稚園でした。

そこは、当時では珍しかったのかもしれませんが立派な丸いドーム型の屋根をもつ礼拝堂があり、「マドレー」と呼ばれるベールをかぶった修道女のような外人の先生のいる、キリスト教の幼稚園でした。

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(写真は「天使にラブソングを」という映画のシスターたち。こういう格好の先生が日本人の先生に混じって何人もいました。)

そこでは時どきみんなで礼拝堂に集まってお祈りをしたり、クラスの名前も「イエズス組」・「マリア組」・「ヨセフ」組などという聖書の人物の名前で、食事の前には必ずお祈りをしてから食べさせるという、今思えば修道院のような雰囲気の幼稚園でした。
ここに2年間通ううちに、自然にキリスト教に「なじんでしまった」ということは言えると思います。

それから普通の小学校にあがり、短大を卒業するまではキリスト教とはさほど関係のない学生生活を送ってきました。(自分で聖書を読むほかは)

でも、当時住んでいた私の大阪の家の近所に小さな教会(というか集会所)があったらしいのです。
「らしい」と書いたのは、後にも先にも行ったのはその一回だけで、今はどこにあったのかさえ思い出せないからです。

幼稚園生活もほとんど忘れかけていた小学校高学年くらいの頃、たまたまそこの前を通りかかったら、日曜日だったのかドアが広く開いており、中で何かやっている様子だったので覗いてみると、四角い部屋のスペースに30~40人くらいの人がぎっしり詰まっていて、前に立っている男の人の話を熱心に聞いているのでした。(幼稚園では男の牧師さんらしい人はいなかったので、説教というものを聞いたのは、おそらくそれが初めてでした。)

一番後ろに立っていた女性がすかさず手招きをして、「中に入りなさい」というそぶりをしたので、私もその女性の横に立って話を聞いていたのですが、子供だったのでしばらくすると飽きてきて、あたりを見回すと、真後ろの壁に本棚があり、黒っぽい背表紙の同じ本ばかりがずらっと並んでいました。

私はそれまで、同じ本ばかりが並んでいるのを見たことがなかったので不思議に思って見ていると、その女性が「ここにある本は誰でももって帰っていいのよ」と言ってくれたので、喜んでもらってかえったのが、初めて読んだ文庫本サイズの小さな「新約聖書」でした。

読むのにさほどの分量もなく、また本を読むのは大好きだったので、家に帰ってすぐに読んでしまったのですが、その最後のところに「ヨハネの黙示録」というのがあって、「この世の終わり」のことと、それに続いて新しい「神の世」が来るということについて書いてありました。(黙示録にかぎらず、四福音書にもイエスのことばでそれは書かれています。)

よく分からないながらも、わたしは「この世がいつか終わってしまう」という概念に衝撃を受け、「これは大変なことが書いてある」と心の中で思いました。

「今はこの内容がよく分からないけれども、大人になったらこのことについてよく調べてみなければ・・・。」と子供心にも強く思ったのを覚えています。

考えてみれば、それが今のこのブログにもつながっているようにも思えるのです。


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今日は、私がこのブログを読むにあたって、皆さんに注意してほしいことを書きます。
それは、このブログを読むのに抵抗のある方は、どうぞ読まないで欲しいということです。

人には誰でも、「考えたいこと」と「考えたくないこと」というのがあります。

たとえ、仮にそれが事実かもしれなくても、見たくないことは見ないで通り過ぎる権利は誰にでもありますし、(仕事上とか仕方のない場合を除いて)それが耐えられないというのであれば、なおさら考えないほうがいいと思います。
だから、このブログも「見たくない」と感じる方がいたら、ぜひその直感に従って欲しいと思います。

なぜなら、こういうブログを読んで皆さんがどういう気持ちになるのかを、私のほうでは知ることができないからです。(私の方では善意で書いていることでも、それが皆さんにとっては絶望をもたらすものであるかもしれません。)

このブログは、ご存知のように私の考える「世の終わり」とか、「死」とか、非常に怖いことについて書いています

私は若い頃に聖書に親しみ、小学生の頃に早くも「世の終わり」という概念に触れて育ってきたので、こういう概念には一種の「耐性」のようなものがあります。

また、輪廻転生の考えを受け入れ、前生療法・・・(催眠療法の一種で、自分の前生を思い出す療法)を何度も受けて自分で確かめてもいるので、生が一回限りのものではなく、連続しているものなのだということをある程度体験的に感じており、「死」ということばから感じる印象が、一般の方の思うようなものとは異なっていると思うからです。

・・・つまり、死というのは私にとって、連続した人生の中の通過点に過ぎないと思っているのです。(でも、だからといって天変地異や災害が怖くないわけではなく、肉体的苦痛とか恐怖という点ではそれは大いに怖いです。)

でも、このブログを読んでくださっている日本の方の多くはそうでないと思うので、無理に受け入れようとする必要もまた、ないと思います。

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この前置きを読んだ上で、それでも大丈夫と思う方は、どうぞ読んでくださいね!

それでは、次回からその「考えたくない」こととして、昨年から私の頭の中で点滅していることを書きたいと思います。

私は人々の恐怖を煽るつもりは毛頭ありませんが、以前から古代の歴史や謎に興味があり、また聖書に書いてあることが本当かどうか確かめたくってそれを追求していったら、たまたまそういう結論になってしまっただけだということです。


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あけましておめでとうございます。

昨年は「世の終わり」に関することばかりにフォーカスして日記を書いてきましたが、今年は少し趣向を変えて、日々の生活のことなども取り入れてみようかと思います。

最近は、朝起きて太陽が無事に輝いているのを見ると、なんだかほっとしてしばらくは太陽を眺めてから一日をスタートさせるという奇妙な生活を送るようになりました。(笑)

私は毎朝、なるべく数分間は日光浴をするようにしているのですが、なぜそうするようになったかというと、以前に季節性のうつになったとき、日照時間の短くなる秋~冬の時期に、太陽の光をなるべく浴びておくと欝(ウツ)になりにくいということを知ったからです。

太陽の光はただですし、なんの副作用もなくうつが予防でき、しかも気持ちがいいと来てはやるしかないでしょう!

実際にやってみると分かることなのですが、朝、陽の光をできれば5分くらいはじっとして浴びていると、まるでエネルギーまで充電されるように気持ちまでとても前向きになってくるのです。
朝~昼にかけて近くの公園に行くと、お年寄りがたくさん日光浴しているのを見かけますが、これも自然の知恵なのだな~と感心します。

そして、私の場合はその後、時間のあるときには太陽が自分の頭と体の中心(丹田のあたり)に入ってきて光り輝いている様子を思い浮かべます。(これをやると、場合によっては自分にくっついているどんよりしたエネルギーが一瞬で浄化されるのを感じることがあります。)そしてそのままその瞑想を続けていると、本当に汗が出るほど体が暖かくなって来るのです。

私がこんな日照時間の短い冬でも比較的元気に過ごせているのは、太陽のおかげだなあといつも感じています。そんなわけですから、もしも太陽の光がなくなったら・・・なんて考えるのは私にとってはとても恐ろしいことなのです。

もう遠いことのように思えますが、12月21日には暗黒の三日間が訪れるなんて噂もあり、中国ではろうそくを買う人が大勢いたそうですが、幸いそんなこともなく(少なくても見かけ上は)、無事に過ぎたことを感謝したいと思います。

また昨年は太陽の磁極が4極化するなど、太陽の異常に関するニュースもいくつか目にしましたが、最近ではもうそういう不安にさせるようなニュースはどっちでもよくなりつつあり、むしろ今こうして平和に過ごせることが奇跡みたいで、なんてありがたいんだろう、とこれは本当に嘘でなくそういう心持ちになっています。

太陽が朝になるとちゃんと東の空に上り、日中はその光とエネルギーを存分に地上に与えてくれて、夜になるとまた静かに地球の裏側に帰って行く・・・この当たり前のことが当たり前でなかった恐ろしい時代のことを深く考え、またその時代の人々の気持ちを想像するようになってからは、太陽に感謝せずにはいられなくなってしまいました。


私はもともとエジプトでの前生があるのですが、(前生療法=ヒプノセラピーと言われているものを受けたときに見たことがあります)そのせいか、最近は余計にエジプトの人たちの気持ちがわかるような気がして、その気持ちに寄り添いながら太陽を見つめるようになりました。

古代エジプトの人たちは、「バー」(Ba…魂のこと)は人間だけではなく、太陽のような物質にもあると考えていたようなのですが、その意味では太陽を「太陽神」と呼ぶことは不思議でもなんでもなかったのかもしれません。

太陽が太陽系の惑星全体をその大きな太陽圏(ヘリオスフィア)というオーラで包んでくれているからこそ、私たちは宇宙の有害な放射線から守られているのだということや、惑星を引き連れて銀河を進む太陽系のことを詳しく知るにつれ、太陽は本当に私たちを守り、育むような「意識」を持っているのではないだろうかと思うようになりました。

そして「スライブ」という映画でも言っていたように、惑星や太陽に磁場があるように人間にも磁場があり、人間と惑星が同じような構造をもっているとするならば、「太陽神の死」とは太陽のエーテル体の死のことだったのかもしれない・・・などととりとめのないことを考えたりしています。

振り返ってみれば、古代エジプト人がなぜ「死と再生・復活」という概念を繰り返し述べていたのか、また、なぜあれほど冥界に行くことを熱望したのか・・・など、最近は少しだけ分かりかけてきたような気がしています。私自身、古代エジプトで生きたことがあるのですから、単に思い出しているだけなのかもしれませんが・・・

そうそう、古代エジプトには、肉体なのかエーテル体なのかよくわかりませんが、ハヤブサやトキのような「」の頭をもつ存在が確かにいたのです!(エジプトではハヤブサの頭を持つ人物はホルス神、トキの頭を持つ人物はトト神として知られています。)

・・・こういうことを書くと一部の読者には頭がおかしいと思われるかもしれませんが・・・まあ、見たといっても催眠の中でなので、信じる信じないは読者の皆様にお任せしたいと思います。


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    ホルス神像(ルーブル美術館)

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