古代のことがらを学ぶことによって、現代の指針とすることができるのではないかと思っています。

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残念なことに、毎日のように読ませていただいていた「正しい情報を探すブログ」さんのサイトが、突然「退会済み」なことになって、消されてしまいました。いつも地震や放射能のこと、TPPなど社会分野で非常に有用な情報が多く、参考にさせていただいていたのですが・・・。

特に、ブログ主さんは地震の予知に関しては過去の実績が高いようで、首都圏、関東~東北沖だけでなく琵琶湖周辺も巨大地震の発生が懸念されている現在、私にとっては必読といってもいいくらいのブログだったのですが、そのブログが「アメーバブログ」によって、まるごと削除されてしまったのです。

しかし、幸いにもこの方は事前にブログ内容の一部を他のブログに移しておられたので、記事の更新は滞りなく行われているようでほっとしました。→地震・原発・災害情報のまとめブログ
これからも、近づきつつある大地震に備えて大いに参考にさせていただきたいと思っています。


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ところでそれとは関係ないかもしれませんが、数日前、私の方でも一時的にブログにアクセスできない状態が発生したので、(ダイヤログによると、ホスト名がみつからないのでドメインネームシステムが停止している可能性があるとのことでした。)昨日、アクセスできるようになってから念のため、今までの文章と画像の両方をすべてコピーしておきました。

そうすればもし万が一このブログを更新できなくなった場合にも、「正しい情報を探すブログ」主さんのように、どこかにお引越しができますし、最悪それさえできない状況になっても、今まで書いたブログの内容は自分の手元に残るので、今後何かに生かせるかもしれないからです。

私がこのブログにアクセスできなくなった原因についてはよくわかりませんが、ブログを書かれている方は、念のためご自分のブログ内容のバックアップをとっておかれた方が、よいのかもしれません。

なお、こうしたことに備えて今後は今までやめていたTwitterへのブログ更新のお知らせを再開したいと思います。


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そもそも私は戦後に生まれた人間だし、先の大戦のことやこれまでの日本の(戦争の)歴史について論じられるほど詳しく知っているわけではありません。ですので、これから書くことも、当たっているのかどうかよくわかりません。

だから、これから書くことは私個人の考えになります。

これを書くことで多くの日本人(特に男性)の反感を喰らうことは目に見えているので、得することは何もないけれど、やはり、ひとりの人間として書かずにはいられない気がする。

まわりの国の人が、日本人をどのような「民族」として見てきたのかを・・・・・・。

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北朝鮮のミサイル発射のことに関して、数日前までは緊迫していたニュースを流していたテレビ局も最近は少し落ち着いてきたようだけれど、私はこの報道のされ方に疑問を感じた。

「いったい、北朝鮮は何を考えているんですかねえ?」

「北朝鮮が、いったいどこに向かってミサイルを発射しようとしているのか全く分からない。」

・・・とテレビの出演者が繰り返し発言していたが、「全くわからない」ということのほうが、逆に私にはよく分からない。

まるで、日本がこれまで北朝鮮も含めた朝鮮の人々に対して、まったく恨みを買った覚えがないかのような言い分ではないだろうか?・・・日本の歴史をあまり知らない世代の人々がこれを聞いたら、北朝鮮の人々が「狂った」人種であるかのように感じることだろう。

しかし、私のような世代の人間でさえ、日本人が朝鮮半島(昔は北朝鮮と韓国は分裂していなくてひとつの国家だったそうだ)の人々に対して何をしてきたかは覚えがあるのだから、古い世代の人ほど本当はよく知っているはずだ。

そのいくつかは私の頭の中にあるけれど、多くを書く事はできないので、そのひとつをここに引用してみようと思う。

1923年(大正12年)の 関東大震災の時に、朝鮮人に関して事実無根の流言が流れ、虐殺がおこなわれたときの話だ。 


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関東大震災(かんとうだいしんさい)は、1923年(大正12年)9月1日11時58分32秒(日本時間、以下同様)、
神奈川県相模湾北西沖80km(北緯35.1度、東経139.5度)を震源として発生したマグニチュード7・9の、大正関東地震による地震災害である。
神奈川県を中心に千葉県・茨城県から静岡県東部までの内陸と沿岸に広い範囲に甚大な被害をもたらし、日本災害史上最大級の被害を与えた。


http://www5d.biglobe.ne.jp/DD2/Rumor/column/earthquake_demagogie.htmより引用

震災当時、修羅の巷と化していた東京近郊では、もう一つの惨劇が発生していました。事実無根の流言蜚語に踊らされた人々が、次々に無辜の朝鮮人を虐殺していったのです。

 元来、巨大地震などの激甚災害襲来直後には、情報の空白が生まれ、その中でさまざまな流言蜚語が生まれるといわれています。関東大震災の時にもやはり、根拠の定かではない怪しげな噂が東京周辺を駆け巡っています。

最初は巨大地震再来や大津波襲来、富士山大噴火の噂が流れました。これら自然の脅威に関する噂は、震災の記憶が生々しい間には威力を振るいますが、事態が小康を得るにつれ、次第にフェードアウトしていきます。これに取って代わるように頭をもたげて来たのが、世情不安に絡む諸々の噂です。

地震によって刑務所から放たれた受刑者たちが暴動を起こすと言う噂、平生の世の中に不満を持つ社会主義者たちが混乱に乗じて暗躍すると言う噂…。
そして、日本社会で虐げられてきた朝鮮人が、震災を千載一遇のチャンスとばかりに日本人に対する逆襲を行うと言う噂です。
朝鮮人に関する噂に対する反応は、前二者に比べてひときわ鋭敏だったようで、つまるところそれが虐殺に結びつきました。

当時の日本人の多くは、自分達が朝鮮人から恨まれているという自覚を持っていました。背景には、朝鮮の植民地化と、そこに住んでいた朝鮮人に対する苛烈な差別待遇がありました。・・・・・・



思えば私がまだ子供の頃から、日本は不思議なくらいアメリカという国との結びつきばかりを重視し、またその力に頼ってきたように思える。一体それはなぜなのか?・・・・・・なんで、もっと近い韓国や中国などの近隣諸国とつきあおうとしないで、遠くにあるアメリカという国に追従しなければならないのか?

日本人は本当は心の奥で、自分が朝鮮の人々に対してどんなことをしてきたのかを、そしてどんなに恨まれているのかを知っていたのだと私は思う。いや、朝鮮人だけではなく、中国人や、恐らくフィリピンなどの太平洋諸国の多くの人々にも。

だからその報復を恐れ、いまや武力を持てなくなった自国の代わりに日本を守ってもらうために、アメリカに追従せざるを得なかったのではないだろうか?・・・そして、その見返りとして原発の推進なども含め、色んな政策においてアメリカの言いなりになって来ざるを得なかったのではないだろうか?・・・

しかし、このような追従は結果として、国民のためにならなかった。

戦後も基地が残ることで沖縄の人々の精神的苦痛を極限まで強い、限られた国土を原発だらけにして、国民が安心して暮らすことのできない危険きわまりない国にしてしまった。

そしていま、TPP参加によって日本の根幹を支えている農業などの大切な産業も破壊されてしまうかもしれない。

これからも異常気象が厳しさを増していけば、きっと食料が不足して飢饉に襲われる地域も世界中で増えていくに違いない。日本の農業がダメになれば、万一何かの事情で輸入が途絶えたとき、日本人はもはや生きていくことができなくなってしまうだろう。

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昔から日本人は、キリスト教の背景のある国にくらべて、「罪」という概念や「罪」を認める文化がないと言われる。その代わりに日本人が認識できるのは「恥」なのだそうだ。

戦争などで犯罪や卑劣な行いをした経験は、本人にとっては「恥」と感じられるので、最初本人はなんとかそれを周囲の目からおおい隠そうとして否定する。他人にそれを隠し続ける内に、それは自分自身のうちでも次第にもみ消されていく。

嫌な経験は最初はなかなか忘れられないが、長い年月のうちには記憶も次第に薄れていき、自分の内部でもいつしか「なかった」ことに書き換える。・・・そうして、自分自身の「良心の痛み」も、ついにはわすれてしまう。

このようなことが、日本という国では繰り返し行われてきたのではないか。

しかし、やられた側の人間はそう簡単には忘れてはくれない。

なにも悪いことをしていないのに、ある日突然自分の住む国を侵略され、土地や家だけでなく大切な家族を奪われたり、その妻や娘、あるいは母親を強姦されたりした側の人間にとっては一生忘れられない「恨み」として残るだろう。 (まして、そのうち若い女性の多くは「従軍慰安婦」として敵国の性奴隷にされるという究極の屈辱を味わわされたのだ。→こちら参照 )

そして、相手国がいつまで経ってもそれを反省も謝罪もせず、まして償い(つぐない)もせず、逆に歴史の記憶から消し去って完全に「知らんぷり」を決め込んだとあっては、その恨みはさらに激しく燃え上がるに違いない。・・・場合によっては、親から子へ、子から孫へとその恨みは語り継がれ、相手国に復讐を誓うことさえあるかもしれない


私は、北朝鮮をあんな国にしてしまったのは、日本ではないかと思っている。 

日本では誰もそれを口にしないけれど、海外ならばそう考える人もいるかもしれない・・・そう思って探してみたら、amazonで偶然にこんなタイトルの本をみつけた。

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「Target North Korea: Pushing North Korea to the Brink of Nuclear Catastrophe」 
北朝鮮のターゲット: 北朝鮮を核によるカタストロフの縁(ふち)に追いやるもの

内容の説明があったのでどんなことが書いてあるのかと思ってGoogle翻訳にかけて自分なりに訳してみると、次のようなことが書いてある部分があった。(あくまでも自己流の翻訳ですので、まちがっているところがあったらお許しください)

In this timely book, McCormack shows how decisive the founding myths and national identity forged through Korea's armed resistance to a brutal Japanese colonialism are, and how hardened North Korea has become over half a century of Cold War.

このタイムリーな本でマコーマックは、残忍な日本の植民地政策に対する北朝鮮の武力抵抗を通じて、どのように彼らの建国神話や国家のアイデンティティが形作られ、また冷戦時代の半世紀以上にわたってそれらがどのように強化されたかを示しています。 

He shows that at the heart of the Korean crisis is the role of Japan where the North Korean admission of having abducted Japanese citizens has created something of a right-wing, nationalist backlash in a country that itself once abducted thousands of Koreans and almost sixty years later has yet to fully apologize for its acts.

彼は朝鮮の人々の”岐路”の核心に果たした日本の役割を示しています。

北朝鮮が日本の国民を拉致して入国させたことは、かつて何千人もの朝鮮人が日本に拉致され、それから60年以上を経た今でも完全にその行為について日本が謝罪していないことに対して反発する、国内の保守的な国家主義者によって生み出された。 
 

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しかし、宇宙には因果の法則が働いており、「罪」には必ずその「報い」があるわけだから、日本人は、いずれどこかでその行為の報いを受けなくてはならないだろう。

日本人は今、「外」から来る核の驚異ばかりを恐れているようだけれど、そのいっぽうで日本の「内」側に、実にたくさんの「原子炉時限爆弾」を抱えこんでしまった。

先日、日本中に放射能の心配をする必要のない地域はないかと探してみたけれど、どこもかしこも原発だらけで、安全なところがひとつとして見つからなかったので、愕然とした。

これなら外国がミサイルで狙うまでもなく、近い将来、巨大地震などの自然災害で原発は崩壊してしまうだろう。
そのことを冷静に考えれば、我が国の美しい国土を危険にさらしているのは誰なのか、本当のことが見えてくるに違いない。






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今朝、「あさイチ」というテレビ番組で初めて知ったのですが、四国の高知県には、けっこう広い範囲に巨石文明の跡が残っているのですね。

番組では土佐清水市で、春分の日と秋分の日の前後にだけ見られる、不思議な現象について特集していました。

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ここでは年に2回、春分・秋分の日の前後にだけ、西に傾いた太陽の光が約80mの洞窟の反対側まで通り抜けるのだそうです。
「トオルマの夕日」というそうですが、これは私に言わせると、明らかに巨石文明をもつ古代人のしわざですね・・・。

(http://www.city.tosashimizu.kochi.jp/topic/2008/080320d.htmlより)

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・・・なぜ、古代人はこんなに大きな岩をくりぬいてまで不思議な仕掛けを作ったのか、皆さんにはわかりますか?


なぜなら、そこには、「必要」が存在していたからです。


その「必要」とは・・・?


そう、ずっと前の記事でも触れましたが、太古の昔に「太陽の位置」が変化したからです。

古代人は、太陽の位置が変わることを、何よりも恐れていました。・・・現代の私たちが、恐れているものを常にチェックせずにはいられないのとちょうど同じように。

古代人も、太陽の位置が変わっていないかどうかを常に春分・秋分という特別な「時」を利用してチェックしていたのです。

なぜなら、太陽の位置が変わると、大地震や洪水が起こると分かっていたからです。

  (関連記事…古代の儀式、伝説にみられる大洪水の記憶


ほかにも、土佐清水市には色々な巨石が広い範囲に存在しているようです。

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これは、沖縄のパワースポットと言われる『斎場御嶽(セイファーウタキ)』にもちょっぴり似ていますね・・・。
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                     本物の「斎場御嶽」(セイファーウタキ)。

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この石なんか、セイファーウタキの三角の空間にすっぽりとはまりそうですね。でも、これがある場所は高知県ですから・・・沖縄とは、だいぶ離れています。

巨石文明の跡はエジプト、中南米など世界中にありますが、「春分・秋分・夏至・冬至」などの太陽の位置を正確に計っている仕掛けがあるところが多いです。

( 関連記事・・・「日本の聖地」



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先日、近くの公園に最期の桜を見に行きました。「最期」と書いたのは、もうそろそろ全部散ってしまうのではないかと思い、その前に一度見ておこうと思ったからです。

その日は強風で、公園に近づくにしたがって白い桜のはなびらが、びっくりするくらいたくさん私の上に降ってきました。もう夕暮時だったので人もまばらな中、満開だった桜が容赦なく花びらをもぎとられて飛ばされていく様を見るのは、壮絶でもあり、哀れでもあるような、そんな光景でした。

その花びらを見ながら心に思ったことがあったので、うまく書けるかどうかわかりませんが、やってみたいと思います。


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ここのところ、前記事にも書いたように相模湾周辺に大きな地震の来そうな気配があるので、実家の母にも念のため、災害対策をするようしきりに勧めていたときのことでした。

うちはまだ両親とも健在ですが、非常に気がかりなことには、二人共、およそ災害には無頓着なことです。

昨年の311の時に原発事故がおきた時でさえ、ここ(神奈川県)の放射能などまったく気にしないで暮らしていましたし、原発はおろか地震対策もロクにしないままここまで来てしまったという、ある意味災害強者(ツワモノ)です。そんな二人に私がうるさく言ってみても、いっこうに耳を貸してはくれません。

そこで、せめて両親の寝ている部屋だけでも家具が倒れないように耐震金具をつけて欲しいと説得を試みましたが、未だにつけてくれません。洋服ダンスが壁沿いにづらりと並んでいて、全部が両親の寝ている方向に倒れてくるのが分かっているにもかかわらず、です。
(洋服ダンスの上に耐震金具をつけるには、タンスの上に天井までびっしりと積み重ねられた物をまずどかさなければならないので、二人共これをやるのがおっくうなようです。)

見かねて私が手を出そうとすると、「あ~、やめてやめて!イライラするから」と拒否反応を示すので、勝手にわたしが片付けることさえできません。実家はあまりにも物が多いので、対策をするのにはどうしてもまず物の「処分」、あるいは「移動」が必要なのですが。

そんな母にほとほと閉口して、どうしてそんなに無頓着でいられるの?・・・と聞いたときのことでした。
母の口から出てきたのは、思いがけないことばでした。

「そうねえ、だって・・・私たちが子供のころには、空襲警報が鳴って、米軍機が来るからいっせいに防空壕に逃げるんだけど、逃げられれば運がいい、だけど逃げられなければ死ぬって、もう覚悟してたから。

・・・・・・そう、もう覚悟してたのよねえ・・・子供のころ。・・・逃げられなければ、死ぬって。」


(ちなみに母は昭和10年生まれで、千葉県出身です)

それを聞いた時、わたしは母のあまりのいさぎの良さにあっけに取られました。
母が私とはまったく別の種類の人間のように感じられたからです。

わたしは、「死」とは誰にとっても怖いもので、普通ならなんとか逃れたいと思うのが当たり前だと思っていました。
それなのに、それを覚悟していたなんて・・・・・・・?

戦争が始まったときには、母はまだ十歳かそこらのはずです。
(その後調べたところ、太平洋戦争は昭和16年に始まり3年8ヶ月続いたとあったので、母が6歳~10歳までだったとわかりました。)

空襲警報が鳴って、米軍機が来るからいっせいに防空壕に逃げる。。。。
当時はまだほんの子供だった母にとって、それはきっとよほど怖い状況、怖い体験であったに違いありません。
しかも、一度や二度ではなかったかも・・・。
私には、子供のころにそんな体験をさせられてしまった母がとても気の毒に思えました。

そこでようやく私は、今まで災害対策を訴えても、いっこうに母が関心を示さなかったわけが分かった気がしました。
母が災害への備えをしないのは、決して災害が来ないと思っているわけではなく、驚くべきことに「死」そのものへの覚悟が出来てしまっていたからだったんだということを。・・・それも、はるか昔の子供時代に。

それに比べ、災害の時、いかに助かろうかと汲々としていた自分が恥ずかしく思えました。
わたしには、母がとても強く悟った人間のように感じられました。
考えてみれば、世の中で死ぬことを恐れない人間ほど強い人間がほかにいるでしょうか・・・?

昨年の原発事故で、私が「放射能がここまでくるかもしれない」と言ったときも、そして今、「富士山が噴火するかもしれない」と言ってみても、「ああそう、それじゃあしょうがないわねえ」と言ったきり、一向に動じようとはしないのです。

そして、その次に私に訪れたのは、「物を溜め込まずにはいられない」、ということへの理解でした。強い感情体験は「トラウマ」といって、以後の人生に影響を与え続けるといいます。わたしは、母に聞いてみました。

もしかして、物がいっぱいないと、心配なの?」

「・・・そうねえ、物がいっぱいあると、安心ねえ。」 

・・・(やっぱり。)

 
私は、こんなにも長く関わってきたのに、母のことを本質的には全く理解していなかったような気がして、ちょっぴり恥ずかしくなりました。そして、これまで物の片付けを散々やかましく言ってきたことを、後悔しました。

恐らく、父も母も戦争の時に物が欠乏した強い不安体験があるのでしょう。強い感情体験はまた、次の生に持ち越すことがあるくらいなので、子供のころのこうした体験が父と母に強い影響を与えるのは、考えてみれば無理もないことだとようやく気がついたのでした。

私は311以来、もし原発の事故などで早急にどこかへ避難しなければならない状況になったときにはどうしよう、できれば母も父も置いて行きたくない、とずっと思っていました。

でも、今までの経験から、頑なな両親がついて来てくれそうもないということもまた、分かっていました。
でも今、母の言葉を聞いて、ようやくその責任感から少し解放されたような気がしました。

無理に、救わなくてもいいのかもしれない。

いざという時は、連れていけなくてもいいのかもしれない。
 

私は、初めてそう思うことができたのです。


だって、逃げたところで、その先どうなるか分からない。
万一逃げられたとしても、慣れない避難所暮らしで衰弱し、命を落とすお年寄りもいる。

避難所どころか、関東大震災級の地震が来たらおそらく首都機能も壊滅してしまうので、逃げた先でなんの支援も受けられないかもしれない。そんな時、若い人、体力のある人ならあるいは生きのびられるかもしれないけど、抵抗力のないお年寄りには、キツすぎるかもしれない。

幸いにも他の土地で生きのびられたとしても、またそこで新たな災害に出遭って、結局は死んでしまうかもしれない。それなら、長年住み慣れた思い出のある我が家で死ぬほうが、よほど幸せかもしれない。

これを読んでいる皆さんも、いざ震災が襲って来たら、家庭や学校・職場などにおいて、それぞれにドラマが発生するはずです。やむなく愛する家族やペット、身体の不自由な人や入院している人など、その他災害弱者をおいていかなければならない人も出てくることでしょう。

そんな時、連れていけなかったとしても自分を責めないであげてくださいね、と言ってあげたい。

人間には「動物脳」といって、脳のもっとも深い部分に生存本能を司る部分があるそうです。
危機的な状況の時には、その本能に従って生きる権利は、どんな人にも与えられているはずではないでしょうか。

せっかく逃げのびても、その後ずっと自分を責め続けて生きるのなら、生きのびた意味がない。
だから、逃げた人も、逃げない人も、お互い恨みっこなしでいきたいものです。


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折しも公園では、桜の花びらが雪のように真っ白に地面に降り積もって、女の子が嬉しそうに地面から花びらをすくい上げていました。

桜がわたしの上にも降り注いでくるので、その花びらを一枚手にとって眺めてみました。

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日本人は、なぜこれほど桜の花を愛するのだろう。

・・・もしかして、外見が美しいからだけではなく、「散りぎわの美しさ・潔さ(いさぎよさ)」をも愛しているからなのではないのだろうか?


時期が来たら、いさぎよく散っていくほうが美しいのかもしれない。

必死にもがいて生き伸びようとするより、美しいのかもしれない。 

わたしは母の生きざまを思いながら、そんなことを考えていたのでした。



聖書には、「すべてのことには定まった時がある」と言っている箇所があります。


天の下では、何事にも定まった時期があり、

すべての営みには時がある。

生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。・・・・・・

神のなさることは、すべて時にかなって美しい。


神はまた、人の心に永遠への思いを与えられた。

しかし、神が行われるみわざを、初めから終わりまで見極めることができない。

私は知った。人は生きている間に喜び楽しむほか、何も良いことがないのを。

また、人がみな、食べたり飲んだりし、すべての労苦のなかに幸せを見いだすこともまた、

神の賜物(たまもの)であることを。


私は知った、神のなさることはみな永遠に変わらないことを。

それに何かをつけ加えることも、それから、何かを取り去ることもできない。

神がこのことをされたのだ。人は、神を恐れなければならない。


今あることは、すでにあったこと。

これからあることも、すでにあったこと。

神は、すでに追い求められたことを、これからも捜し求められる。


                                         (伝道者の書3-1~15)


 
死ぬ時には死んでも、いいのかもしれない。・・・死んでも、大丈夫なのかもしれない。

・・・それが神の摂理なら。


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もし、こんど首都圏に大地震が来たら、相当厳しい状況になるはずです。
せっかく地震を生き伸びれたとしても、その後の火事や、大津波で命を落とすかもしれない。

マグニチュードが9にでもなれば、富士山だって噴火すると聞きますし、原発だって無事ではいられないでしょう。今まで人類が経験したことのない未曾有の「複合災害」になって、首都圏も壊滅してしまうかもしれないのです。

昨日の夕方、NHKの「MEGAQUAQE」という番組で、富士山が噴火したらどうなるかのシュミレーションをやっていました。
噴火には2つのタイプがあって、溶岩の場合は900度もある溶岩流が、斜面を流れ落ちる。
南側に流れ落ちた場合にもっとも被害が大きくなり、東名高速や東海道新幹線など、東西の大動脈が寸断される恐れがあるそうです。

噴煙を上げるタイプだと、真っ黒い火山灰が風にのって数時間後には神奈川や東京にも達し、道路や電車、空港などの交通網はすべて遮断されてしまう。そんなとき、もし放射能が襲って来たら・・・?

そんな時、首都圏を脱出するか家に帰って立てこもるか・・・決断を迫られるでしょう。
いずれにしても、ぐずぐずしている暇など、あまりないはずです。

・・・だから、災害の時は「てんでんこ。」

東北の方のある地域では、「津波てんでんこ」と言って、津波が来たら各自が生き延びるために、てんでんこ(それぞれ)で逃げる、ということを小学生の子供たちにも授業でしっかりと教えるのだそうです。

地震が来てから親が子供たちを迎えに来ていたら、そのせいで逃げ遅れるかもしれない。
子供たちが自分で逃げてくれると分かっていれば、親も安心して逃げて、逃げた先でまた親子で再会することができる。各自で逃げたほうが、お互いの救われる確率は高くなる。

だから、今度は地震がきたら、「地震てんでんこ 」。
何が襲ってきても、災害の時は「てんでんこ」だと、日本の人には言ってあげたいのです。


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