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今までのまとめですが、

夫(ソ)レ、混元既(スデ)に凝(コ)リテ、気象未(イマ)ダアラワレズ。

名モ無クワザも無シ。誰レカ其(ソ)の形ヲ知ラム。



ここまでのところを私流に解釈してみると、

(大洪水によって)混ぜこぜになってしまった物質(元素)はすでに凝り固まり始めたが、いまだ気象(なんらかの現象)が現れない。

大地には何の動きもなく、混沌としていて、その形さえも分からない。 


こんな感じではないでしょうか。


8f1_20131228000844b0e.jpg



そしてこの部分で連想されたのが聖書の創世記のはじめのところ。


 はじめに神は天と地とを創造された。

地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。




      夜の海


この「地は形無く、むなしく、やみが淵のおもてにあり・・・」という部分が、古事記や古代エジプトの創世神話とそっくりだと思ったのです。(ちなみに辞書でふち「淵」について調べると、「底が深く水がよどんでいる所」という意味でした。)

しかし、創世記に載っているこの部分はあくまで「世のはじめのはじめ」、つまり神が万物を創造された一番最初の出来事であるはずなので、それが今回の(太陽の時代の)世のはじめの出来事と似ているというのも不思議だなあ・・・と思ったのですが。

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で、古事記の次のところに戻りますが、 



然(シカ)レドモ、乾坤(ケンコン)初メテ分レテ、参神造化ノ首(ハジメ)と作(ナ)リ、

陰陽ココに開ケテ、二(霊)群品ノ祖(オヤ)ト為リキ。



ここで前ページで調べた「乾坤(けんこん)」の意味をふまえた上で、僭越ながら私流の解釈をひとつ試みてみると、

「しかし、ついに天地(あるいは陰陽)が引っ繰りかえって、(三位一体の)神の創造の始めとなり、

陰陽が開けて、この二つが万物の「祖」(はじまり)となった。


という風に訳してみました。


「参神造化」の「参神」を、「三位一体の神」と訳したのは、これも前項にあったように古事記では「三柱の独神」(ひとりがみ)=(アメノミナカヌシ・タカミムスヒ・カムムスヒ)とあり、つまり「三人で一人の神」だということなので、
これを「父なる神」・「子なるキリスト」・「聖霊…私達一人ひとりに与えられているとされる神の分霊。」の三つで一つだとされているキリスト教の「三位一体の神」を当てはめてみました。(もちろん両者が同じでない可能性もあります。)

「造化」は万物を生じさせることだそうなので、「創造」と置き換えてみました。(「群品」も万物をあらわすそうです。)

また、古事記では「イザナギ」と「イザナミ」という男女のニ神だと訳されている「陰」と「陽」を、あえて「陰」と「陽」・「プラス極」と「マイナス極」・「北極」と「南極」という風な解釈に置き換えてみました。



        manabikata-kotai-chijiki001.jpg

                 (地球は巨大な棒磁石みたいなものなのだそうです。)


この下の「二霊」を同様に二つの「磁極」だと考えたのは、私が日ごろから「霊(体)と磁力・磁場は同じようなものなのかもしれない」と考えているところから来ています。

この理由は、ざっくり言うと、

①「惑星に磁場があるように、我々人間ひとりひとりにも磁場があるようだ」ということと、

②「我々人間には物質としての肉体を覆っている目に見えないエーテル体(霊・魂ともいう)があり、
 
古代エジプト人が太陽のような惑星にもバー(魂…なんらかの「意識」とも考えられる)があると考えていた、という二つのことがあります。

ちなみに「二霊」の「霊」は、本文では大変むつかしい字で書かれており、「雨」冠の下に「口」が横並びに三つ。
その下に「巫女(みこ)」の「巫」が書かれているという複雑な文字でした。→「靈」
 ↓
なお、この読みは(レイ、リョウ、たま、たましい)で、やはり「霊」の旧字体であることが分かりました。

なお、「ひっくり返る」「まぜまぜとなる」などの表現は、日本独特の予言書である「日月神示」(ひつきしんじ)の中にもあります。


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古事記の序文についてさらに解説します。   


夫(ソ)レ、混元既(スデ)に凝(コ)リテ、気象未(イマ)ダアラワレズ。

名モ無クワザも無シ。誰レカ其(ソ)の形ヲ知ラム。

然(シカ)レドモ、乾坤(ケンコン)初メテ分レテ、参神造化ノ首(ハジメ)と作(ナ)リ、

陰陽ココに開ケテ、二霊(ニレイ)群品(グンピン)ノ祖(オヤ)ト為リキ。



この節の3行目、「参神造化の首(ハジメ)」という部分ですが、これは別ページに書いてある「あらすじ」を読むと、

天(あめ)と地(つち)がはじめて姿を見せたそのとき、高天原(たかまのはら)に「造化三神(ぞうかさんしん)」と呼ばれる三柱の独神(ひとりがみ)…(アメノミナカヌシ・タカミムスヒ・カムムスヒ)が現れた。
(「造化」とは、万物を生じさせるという意味だそうです)

また、大地が固まっていない下界では、泥の中から、人間の祖先神だと思われる「立派な葦(あし)の芽の男神」ウマシアシカビヒコジが誕生した。

その後も、次々と神が成り出て、最後に現れたのは、男女の神である伊耶那岐(イザナギ)と伊耶那美(イザナミ)であった。

高天原の神々は、そのイザナギとイザナミに「(まだ固まらずに)漂っているこの地(くに)をまとめよ」と命じた。

2神は、高天原の「天の浮橋(あめのうきはし)」に立ち、神から授かった「天沼矛(あめのぬぼこ)」を下ろし、いまだ漂っている潮を「コヲロコヲロ」とかき混ぜた。
(注・もしかすると「こをろこをろ」とは「凝をろ凝をろ」で、「凝まれ、凝まれ」という意味なのかも?)


                       Kobayashi_Izanami_and_izanagi.jpg



すると、矛の先から滴(しずく)が落ち、潮がだんだんと重なって、淤能碁呂島(おのごろじま)が誕生した。 (注・おのころ島の「おのころ」とは、「自転」(おのころ)を意味するのではないかという説もありました。)

                         ↓


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                         ↓
  


      aoshima.jpg


なんか、意図が見え見えですね。(笑)

(繰り返しますが、この画像は「火山の噴火によって新しくできた島のようす」ではなく、エジプト神話の最初の海の水が引いて、乾いた陸地が初めて現れたときの様子をイメージしてほしくて貼ったものです。)


わたしはイザナギが、天沼矛(あめのぬぼこ)を使って泥の海を掻き回したときの、「コヲロコヲロ」という音がいかにも感じが出ていて好きなのですが、このシーンは地球の回転するようすを連想させます。

また、イザナギが掻き回したという海は、「沼矛(ぬぼこ)」という言葉や、「誰レカ其(ソ)の形ヲ知ラム」という言葉から連想されるように、形のないドロドロとした沼のようすを連想させ、

高天原の神々がイザナキとイザナミに「(まだ固まらずに)漂っているこの地(くに)をまとめよ」と言ったことばからは、固まらずに漂っていたのが「海」ではなく、「地」(くに)であったという、とても重要なことが書かれています。

そしてこの海が、なんで普通の海ではなく、固まっていない「泥の海」だったのかと考えてみると・・・。


それは、地球が自転を続けながらもある方向に急激にその地軸を傾けることによって、海水が陸地にものすごい勢いで乗り上げ、飲み込んで、海と陸・土と水とがまぜこぜになったしまったからなのではないでしょうか?(この状況は、311のときに東北を襲った津波のようすを思い出すと想像できると思います。)

あるいは地軸の傾きはそのままで球面だけが傾くのかも・・・?
(「自転軸は23・4度の傾斜角度をほぼ保ったまま、球面全体が移動する」という説を書いているサイトはこちら。)


           地軸

(一日に一回、西から東に回転する地球の「自転」によって太陽が東から西に動いていくように見えるので、地軸(あるいは球面)が急激に傾くということは、地球から見ると太陽がいつもの軌道からどんどんはずれていくように見えるはずです。地球の裏側にある星々も同様。 )参考・・・アトランティス伝説


1行目の「混元既(スデ)に凝(コ)リテ」の「混」は「混じる」の混でもあり、「元」は土や水などの元素の「元」であるのは、そういう意味も含まれているのかもしれません。

なので、大洪水によって混ぜこぜになってしまった水と土・そのほかすべての物質(もちろん陸上の生物も含まれます)の元素はすでに(沈殿して)凝固し・・・という感じにも思えるのですが。

いずれにしろ、「古事記」という神秘的な書の解釈はとてもむつかしく、いかようにも解釈できると思うので、(実際色々な説があるそうです)今の科学の知識で改めて捉えなおしてみると、もっと新たな解釈ができるかもしれないと思うのです。

また、「気象未(イマ)ダアラワレズ」の「気象」というのは、現在使われている気象現象、つまり普通に大気の状態と考えることもできますが、それが「現れていない」状態というのも想像しにくいです。

これは「真っ暗闇」だったという古代エジプトの神話を考え合わせると、太陽の光がとどかず、太陽の熱による蒸発やそれによってできる雲、雨そのほかの気象現象がなかったのかも・・・?

他方、「気」と「象」を分けて考えると、目に見えないものと目に見えるものの両方と考えることもできます。
「気」というのは、たとえば目に見えない磁気・磁力のような物質の内側にあってそれを動かす力、「象」はいうまでもなく、物理的現象。・・・そして、それが「現れていなかった。」

または、エジプトの創世神話にあるように、「真っ暗だったので」なんらかの現象があっても単にそれが見えなかったのかもしれません。2行目の「名モ無クワザも無シ。誰レカ其(ソ)の形ヲ知ラム。 」からもそれがうかがえます。

3行目…「然(シカ)レドモ、乾坤(ケンコン)初メテ分レテ」(「乾」の横にあった文字は、「坤」と言う字で、二つ合わせて「けんこん」と読むのだと分かりました。(ネットにも漢和辞典があることを初めて知りました。今は、辞典がなくとも調べられるのですね)

「乾坤」をgoo辞書で調べてみると、「天地」と同じ意味があるようで、下のようになっていました。

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http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/thsrs/12224/m0u/

〔類〕天地(てんち)/天地(あめつち)/乾坤(けんこん)
[共通する意味] ★天と地。
[英] heaven and earth

[使い方]
〔天地〕(てんち)▽天地が引っくり返る
〔天地〕(あめつち)▽天地の神に祈る▽天地の栄える時
〔乾坤〕▽乾坤一擲(いってき)(=命運をかけて、のるかそるかの大勝負や大仕事をすること)

[使い分け]
【1】「天地(てんち)」が、最も一般的。「天地」は、「自由の天地を求めて船出する」のように、世の中や、「天地無用(=荷物などの上下を逆にしてはいけない)」のように、物の上下もいう。
【2】「天地(あめつち)」は、全世界もいう。「天地(てんち)」よりやや古めかしい語。
【3】易(えき)の卦(け)で、「乾坤」の「乾」は天、陽などを表わし、「坤」は地、陰などを表わす。このため「乾坤」は、天地以外にも、陰陽、上下、前後などをさす。 

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う~ん、なかなか意味深げだと思いませんか?

これを、先の文章に当てはめてみると、色々な意味に取れそうです。


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          (伊勢神宮にお参りに向かう途中、五十鈴川を橋の上から望む)


今年は神宮式年遷宮のあった年であったせいか、伊勢神宮へのお参りが大変ブームだったようです。

そのせいか先日、たまたま寄った本屋さんに「古事記」関係の本がいっぱい置いてあったので読んでみたところ、一番最初の部分が、今までに書いてきた混沌とした世の始まりのイメージと似通っていてとても興味深かったので、ここに紹介させていただこうと思います。

「古事記」というのは、ご存知のように日本の最も古い神話などが書かれた書ですが、その(「序」より抜粋)となっていた部分です。漢和辞典が手元にないので、残念ながら漢字の意味などを紐解いてみることができないのですが、この文書を自分なりにじっくり考えなおしてみると、様々な意味に取れて面白いのです。


夫(ソ)レ、混元既(スデ)に凝(コ)リテ、気象未(イマ)ダアラワレズ。

名モ無クワザも無シ。誰レカ其(ソ)の形ヲ知ラム。

然(シカ)レドモ、乾坤(ケンコン)初メテ分レテ、参神造化ノ首(ハジメ)と作(ナ)リ、

陰陽ココに開ケテ、二霊群品ノ祖(オヤ)ト為リキ。



この左側に、三浦佑介という人の訳があって、次のように訳されていました。

「そもそも、混沌とした大元はすでに凝り固まりながら、生命の兆しはいまだ顕れていない。

名もなく、目に見える動きもないままでは、誰が、その形を認識することなどできたであろうか。

しかしながらついに、天と地が初めて分かれ、三柱の神が万物創世の先駆けとして姿を見せた。

ついで男と女が分かれて、イザナミノミコトとイザナキノミコトの二柱の神があらゆる生き物の祖(おや)となった。」



(「古事記 神話を旅する」と題したこの本はカラー版の軽い感じの読み物ですが、古事記の解釈については2013年の現時点において最も有力であると考えられる説に基づいて作成したということです。)


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この古事記の創世神話、ヘリオポリスの創世神話ともよく似ているのです。


神話によると、かつて世界は天もなく地もなく、真っ暗闇で、見渡す限り形のない混沌とした海だった。

最初に、神はつばを吐くことで(一説には自慰行為で)大気の神シュウと湿気の神テフヌトを産み出した。

この二神から大地の神ゲブと天の女神ヌトが生まれたが、両者は初め互いに重なって横たわっていた。

やげてゲブとヌトは結ばれ、ヌトはゲブの子を身ごもる。

それに嫉妬した父親のシュウは、ヌトを頭上に持ち上げて二人を引き離した。

こうして、天は上に、大地は下に、その間には大気と湿気が存在するようになった。

ヌトが産んだ子供たちは太陽と星々になって、ヌトの身体の上に散らばったという。




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このブログは今まで、主に「古代のことがら」に焦点を合わせて書いて来たつもりなので、その気で見にきてくださっている方が多いと思われ、それ以外のことを書くのも気が引ける気がしていたのですが・・・

最近はむしろ現在この国で起きている事柄にフォーカスしているせいか、そっちのほうのことを書きたくなっている気がします。

しかし、考えてみると「古代に起きた事柄」の中には、現在進行中の「未来に起こるかもしれない」出来事もあるわけで、結局は現在のことを書いているのも一緒なのかも・・・?
などと考えていくと、このブログに書く内容も、もう少し幅をもってもいいんじゃないかと思いました。

1年9ヶ月前にこのブログを書くようになってから、必要もあって他のブログを見にいくようになったおかげで、いかにテレビや新聞などのマスコミから得られる情報があてにならないかをこれまで以上に知ることができたことは、私にとってすごくプラスだったと思っています。

やはり、人に与えれば自分にも与え返される・・・の法則がここにも働いているのですね。

ところで、最近は世間の出来事ばかりを凝視していると、なんだか現実が嫌になることがありまして・・・(私の情報源はネットから得るものが多いのですが)

その後でテレビなどを見ると、一般大衆をマインドコントロールにかけようとするカラクリが透けて見えてしまって、うんざりしてしまうことが多いです。

内容に嘘が多いことや報道されない事実が多いことももちろんですが、番組などの「構成」にも問題があるような気がします。

例えばTVのニュース番組で、

①国民にとって不利益をもたらすような法案、あるいは国民の意に沿わない方針転換が決まってしまった「嫌な」ニュースがほんの少しだけ出たとする。(大抵はじっくりこの問題について掘り下げたり出演者に議論させたりせず、すぐ次の話題に移る。)

②すると次のニュースでは、誰かひとりが窮地に立っているか、あるいは周りの攻撃によって「つるし上げられている」場面が(ばあいによっては繰り返し)映しだされる。(今なら猪瀬都知事の会見など。)


        34026b9da20548063fc931284ce06196.jpg

③あるいは、次にもっと刺激的で①を忘れさせるような大衆の興味を引く話題に移る。そして強調する。(ここでニュースキャスターの表情や声のトーンをあげる。スポーツとか芸能人ネタ、季節の明るい話題など。今なら東京オリンピックやクリスマスの話題が多い。)


もちろんすべてのニュースがこのとおりと言うわけではありませんが、このような構成になっている場合も多いのではないでしょうか。

①は単純に嫌なニュースはなるべく国民に伝えない、深く考えさせない。」

②は国民の政治に対する意識的・無意識的な不満や怒りの矛先をそらせることと、「個人攻撃を受けて窮地におちいった人間の姿・表情などを見ることによって、歪んだ形の満足感を得させる効果が、

③はより刺激的で楽しい娯楽的なニュースに気をとられ、前の嫌なニュースを忘れさせてしまう効果がそれぞれあるのではないでしょうか。

もちろん、すべての番組がこのとおりだというわけではありませんが、日本のニュース番組ではこのような要素がまんべんなく盛り込まれている気がします。

このようなからくりになっているのは、いわゆる「お上」(権力者)の側の都合によってだということに、いいかげん一般大衆は気がつかなければならないと思います。権力者にとって一番恐いのは、恐らく大衆の怒りの矛先が自分達に向けられることです。

それを避けるため、日本にはわざと権力者が社会的弱者を作り出してきたという過去からの歴史があります。(昔でいえば部落・今だに続いている朝鮮人の差別問題など)

最近では、生活保護受給者などもターゲットにされていますが、こうしたマスコミの報道にあおられて国民が弱者にのみ矛先を向けるとしたら、それはとても悲しいことだと思います。それこそ、まんまと権力者の思う壺にはまることだからです。

このように日本人の多くは、権力者の手によって社会的な不満を、弱い立場の人間に「すり替え」・「発散させる」ということを、歴史の中で無意識のうちに行わされてきたとは言えないでしょうか?・・・(私は従軍慰安婦の存在も単なる性のはけぐちというだけでなく、上司の命令には絶対服従の軍隊という過酷な境遇の中で、男性の精神的なはけぐちとなった可能性があると思っています。)

政治権力だけではなく、上司などあらゆる立場の「目上の者」にたて突くことができない結果、代わりに「目下の者」をいじめるという日本人の精神構造は、とても歪んでいるのではないかと思います。

日本の社会を見渡すと、上司は部下を、先輩は後輩を、男は女を、夫は妻を、親は子供を虐待してしまうなど、いじめは社会のあらゆる領域にわたって存在しています。

そのために、本来はお互い愛しあい、素晴らしい関係が築けるはずの相手とも、比較にならないほど「寒い」関係しか築けない人も多いのではないでしょうか。

だから階層の底辺にいる子供たちは、逆らえない親の代わりに、自分より弱い子供をいじめてしまうのかもしれません。日本人のこうした精神構造はとても病んでいると思います。

ひと昔前に、「機能不全家族」や「アダルトチルドレン」などという言葉が有名になりましたが、こうした社会現象が生まれるのも、実はこの日本の社会構造全体が「機能不全な社会」だからなのではないでしょうか。

このような社会を変えることができるかどうかは、これから日本人が「お上」に立てついていく勇気をどれだけ持てるかにかかっているような気がします。




 

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ご無沙汰してます。最近は、国会の動きに注目していたのでブログの間が少しあいてしまいました。
にもかかわらず、多くの方が見にj来てくださって感謝しておりますとともに、閲覧数も前と同じくらいに回復したのでほっとしています。

私事で恐縮ですが、数日前の12月5日、国会議事堂前で行われていた秘密保護法案反対のデモに参加してきました。あの日、ついにこの法案が与党によって強行に可決される予定だと聞いて、じっとしていられなくなったのです。

幸い、私の住んでいる所から国会までそれほど遠くないですし、前から一度デモに参加してみたいと思っていたので、ちょうどいい機会でした。

とはいっても私自身は、ふだん政治のことは国や政治家に任せっぱなしで、腹が立つことがあっても自分の力ではどうにもならないと思っている、割と平均的な(と思われる)日本人でした。

しかし、 Twitterやブログなどで皆さんがいろいろな情報を教えてくれるおかげで、今回ばかりは抵抗しないと日本が大変なことになる、あるいはこのブログも含めて今後、思ったことを自由に表現できなくなるのではないかという危機感もあり、参加してきました。

また、こうした今の自分の意識を変えたいという思いもあり、実際に行動して、同じ思いの人達の中に入れば自分自身の意識も変わるかもしれない・・・そういう期待もありました。

しかし、参加するといっても何かの団体に所属しているわけでもなく、ほとんど思いつきの行動でしたので、デモをやっている場所がどこなのかわからず、駅におりてからそれらしき団体に出会うまで、議事堂の周囲をうろうろ歩きました。

私が行ったころはまだ日が暮れる前でしたので、国会議事堂周辺の人通りもほとんどなく、正門の前まで行くと、恐そうな警察官の姿ばかりが目について、非常に心細い思いをしました。
(ちなみに警察官をいっぱい乗せていそうな護送車みたいな車が正門前に3台も止まっていて、人々は足早にその前を通り過ぎていました。)

上空にはバラバラと音を立ててヘリコプターが2台も議事堂の周囲を旋回しており、マスコミなのか警察なのか知りませんが、まるで映画のワンシーンを見ているようだと思いました。秘密保護法案の強行採決に向けて、厳重な警戒態勢が敷かれているようでした。

そこから少し歩いて国会議事堂の左手のほうにいくと、何かの宗教団体の人たちが20~30人くらいはいましたが、警察官たちに囲まれて萎縮しているように見えました。人数が少ないのにもがっかりしましが、私はデモというのはもっと威勢よく声をあげたりねり歩いたりしているものだと思っていたので、少し拍子抜けしてしまいました。

しかし、それから時間が経ち、拡声器を通して聞こえてくる国会内の情報や秘密保護法反対の議員の励まし、またデモの音頭を取ってくれる人のおかげで、周囲の人たちも少しずつ声を上げはじめ、日が暮れるにつれてたくさんの人たちが集まり、警察官の前で萎縮していた人たちも、少しずつ勇気を取り戻したようすでした。

私も当初やりたかったように声を上げ、国会議事堂の建物に向けて、初めて日本の政治に対する自分の気持ちをぶつけてくることができました。残念ながらこの翌日、この法案は本会議で成立させられてしまいましたが、自分の中で、これからもこうした違法な行為(だと私は思っているのですが)には抵抗するぞ、という心構えを持つことができたような気がします。


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(参議院での強行採決が行われた5日、国会議事堂の周りでデモをする人々。夜遅くまで抗議行動は続けられた。http://blog.goo.ne.jp/chiba20110507 )



秘密保護法が成立してしまった後でも、「今日が終りじゃない。はじまりですよね!!」という山本太郎さんの力強い言葉に励まされる。




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★書き足りていない気がしたので少し追記します。(12月11日)

(実は記事を書いた後、なんだか書き足りていないような気がして後から部分的に修正をすることはよくあるのですが、どうぞご容赦を・・・。漏れなく見たいと言う方は、記事を更新したときに一応その前のほうの記事もチェックしてくだされば、大体読めると思います。)

実は、このデモに参加したとき、非常に強く感じたことがあったのですが・・・。

日が経ってから改めて自分の記事を読んでみると、体裁のいい作文みたいになっていることに気がついたので、少々補足したいと思います。

それは何かというと、あの日一番印象深かったのはデモそのものよりも、むしろデモの始まる前の緊迫した雰囲気や、警察官の多さ、警戒態勢のすごさなどによって受けたショックでした。

初めてのデモ体験がもっとなごやかな感じのものだったらよかったのでしょうが、あの日はたしか前夜から与党が強行に採決しようとしていて、それに対抗して野党の人たちも泊まり込みで徹底抗戦の構えで、国会内もそれを見守る市民たちも、これまでにないほど緊迫した状況でした。

それと、たったひとりで行ったのも失敗でした。国会議事堂のまん前まで来たとき、まだデモの予定時間のだいぶ前だったのか、以外にも集まっている人は一人もいなくて、代わりにいたのが中の見えない護送車のような不気味な車がずらりと3台。

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(この画像は7月の反原発のときのもののようですが、護送車が写っていたのでお借りしました。)
http://blogs.yahoo.co.jp/xnrst655/GALLERY/show_image.html?id=6214289&no=13

そこに警官が入っていくのを見て、中にはざっと見積もって1台につき10人~それ以上は警官が乗っていそうだなと思いました。(実際にはいなかったかもしれませんが)                  

車が3台だから合計で30~40人以上は警官が乗っているかもしれない、その車のすぐ脇を通っていかなければ道の向こう側に行けないとわかったとき、恐くて今来た道を逆戻りしたくなりました。(しかし、すぐ手前まで来てUターンするわけにも行かないのでさっと通りすぎましたが。)

                   img_244929_6214289_12_20131212093816812.jpg

また、その国会議事堂前の一本道を向こう側から二人の体格のいい警官が歩いて来て、すぐ横をすれ違ったとき。
なんだか自分が悪いことをしているわけでもないのに、警官たちに呼び止められて尋問されそうな気がして、思わず自分の顔に「特定秘密保護法案反対」と書いてないだろうかと確かめたくなりました。

あの日、私が一番感じたことは、決してオーバーではなく、警官たちに対する「恐怖感」でした。

しかし、どうやらそれを感じていたのは私だけではないようでした。数十人集まっていた団体の人達でさえ、最初はそれ以上の人数の警察官に囲まれて一言も発せずにいたのですから・・・。

けっして悪いことをしているわけでもなく、ただ「秘密保護法案」というわけの分からない、理不尽な法案が強行に採決されようとしていることに反対しているだけの一般市民を、警察官が数十人も包囲しているという状況は、私にとってはどう見ても「異常な」光景でした。

私は、たぶんあの日に感じたことを、しばらくはは忘れられないだろうと思います。
平凡な日常の風景からはかけ離れた、警官の、市民に対する「異常な」行動を・・・・・・。

でも、こんな思いをしたことでひとつだけよかったことと言えば、今までよりも山本太郎さんや三宅洋平さんなど、市民のために活動している人達に同情の気持ちが湧いたことです。

あの人達は、私達の民意を政治に反映させるために真剣に戦ってくれているのに、こんな風に恐い思いをさらにいっぱいさせられているに違いないと、実感をもって感じることができました。

人前では笑顔で挨拶していても、山本太郎さんも何度か脅迫状を受け取っているし、また三宅洋平さんの動画を見ていたら、選挙のときに泊まったホテルで24時間警官に監視されて嫌だったと語っていました。

それを思うと、私達は余計にこれらの人達を支えるために応援をしてあげなければいけない、また応援したいと強く思いました。


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