古代のことがらを学ぶことによって、現代の指針とすることができるのではないかと思っています。

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先日、催眠状態の中で一般に人が臨死体験で見るような神々しいものを見た話をしたのですが、(→ 死後の世界と催眠療法 )その後に思い出したことがあったので簡単に記します。

実はうちの父方の一家はもともと他県で商売をしていたのですが、父が子供の頃に上京して東京で商売をしていたところ、不幸にも戦争が始まって東京で大空襲にあい、焼け野原になった東京を大変苦労して生き抜いてきた一家なのです。

その中でももう亡くなった祖母はあまり働かない祖父のおかげで特に苦労させられてきたらしく、父の他に4人いる兄弟のうち、一番上の姉は祖母は気の毒だったと言っていたことがあります。

けれど、この祖母や祖父のまだ元気だったときには大阪で子供時代を過ごしていた私は、あまりこの「おじいさん、おばあさん」とは接点がなく、思い出といっても本当に数えるくらいしかないのですが、その記憶の中に、特異なものがあったことを思い出したのです。

それは、祖母がいよいよ高齢になって最後に病院に入院していたときのことですが、非常に印象的なことがありました。

祖母はもうその10年位くらい前から認知症が始まっており、あまり頭もはっきりしていなかったのですが、母と二人でお見舞いに行ったときは意外としっかりしており、上半身をベッドの上に起こしてひと言、ふた言は私たちと会話をすることができたような気がします。

その後母がしばらく席をはずしていたので、祖母と私のふたりきりになってしまった時間がほんの少しだけあったのですが、私は祖母と話すでもなく、母の戻ってくるまでの時間をただなんとなく病院の窓から見える空を眺めて過ごしていました。

すると、背後で突然祖母が、「雲が光ってる。」と大きな声で言ったので、びっくりしました。

ふり返って祖母の目線の先にある雲を見ると、別に光っているわけでもない普通の雲があっただけだったのですが、もしかして祖母にはそう見えるのかもしれないと思って「ふ~んそう。雲が光ってるの。」と相づちを打ってあげました。

すると、またしばらくして祖母がさっきとまったく同じ口調で(しかしきっぱりと、)「雲が光ってる。」と言ったので、「う~ん、これはいよいよお迎えが来たのかな?もしかして本当に光ってる雲を見たのかも・・・」などと不思議に思ったのを思い出したのです。

今なら祖母が見たものが、私が見たと同じあの輝く雲だったのかも・・・と分かるのですが、それにしても祖母はキリスト教とは全く無縁の人だったので、なぜ「光ってる雲」なのか不思議です。

あのとき祖母はけっこう体も弱っていたはずなのに、しゃんとしていたのも不思議だったのですが、それはもう祖母があの世にだいぶ近ずいていたからなのかもしれないな・・・と思いました。
(たしかその後数週間~数ヵ月経ってから祖母は亡くなりました。) 

しかし、生きているときには私には想像もつかないほど苦労をしてきた祖母が、死ぬ間際にはなんだか子供のようになって、そして「光っている雲」を見て安らかな気持ちで旅立ってくれたのかと思うと、なんだか救われるような気がします。




ちなみに瞑想状態で聴くと、いつもあの時の光景 ( キリストが天使たちに囲まれて輝く雲と共に来られるというイメージ )が浮かぶという曲があるのですが、それはこれです。





日ごろからイメトレしておけば、死んだ後も迷わず天国の方にいけるかもしれないので、今から時々聴いておこうかと思います。(笑)



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テーマ:死後の世界 - ジャンル:

先週の平日、東京上野の都美術館で開催されているメトロポリタン美術館の古代エジプト展「女王と女神」へ行ってきました。

(ニューヨークのメトロポリタン美術館は1870年の開館。世界の三大美術館の一つで、ロックフェラー家など大富豪によるコレクションが大量に寄贈されている。 収蔵品数は絵画・彫刻・写真・工芸品ほか家具・楽器・装飾品など200万点に及び、中でも「古代エジプトコレクション」は有名で、今夏の「女王と女神」展には、その中から「女性」をテーマに厳選された約200点が日本初公開されるということです。)

全体の感想としては、一昨年の「大英博物館展」と「ツタンカーメン展」の内容があまりにも濃く、豪華な出し物も多かったので、それに比べると今回の展覧会は展示物に小さいものが多すぎてちょっぴり残念という感じでした。
(タイトルにもあるように「女性」に特化した展示だったので、アクセサリーや化粧道具など小物が多いのは分かるのですが)

( 大英博物館展の過去記事…「大英博物館展へ行ってきました」

それでも、年配の男性が意外にも多く、女性より熱心にこうした物を見ていた方も少なくなかったので(笑)、古代エジプトに関心が深い人が多いんだな~と関心しました。

入って一番最初に置かれていた「ハトシェプスト女王像の頭部」は、正面からだけでなく横に回ってみたりもしましたが、どこから見ても完璧に美しかったのでとても良かったです。(特に斜めから見ると美しい)


      ハトシェプスト女王像の頭部
       ハトシェプスト女王像の頭部(前1473~58年ごろ)

                            

そして、このブログでも取り上げたことのあるハトホル女神の像や、雌牛(めうし)の姿で表わされた女神像もあって、あらためてハトホル女神と雌牛との関係を確認したり・・・(過去の関連記事・・・天の雌牛(めうし)

          hatohoru_201408201246170e7.jpg                    
ハトホル女神の象徴がついた建物装飾            
                                  
(一見普通の女性像のようだが、牛の耳をもち、ハトホル女神を象徴していることが分かる。ハトホルは、テーベ西側の山と結びつきを持つ西方の女神としても信仰された。)


    牛の女神像の頭部
            牛の女神像の頭部

「雌牛の頭を持つ人間で表された女神像の一部で、ハトホル女神とも、メヘトウェレト女神とも考えられる。角の間にある太陽円盤は太陽神ラーとの結びつきを表す」とのこと。



展示室の最後に、見事に彩色された大型の女性用棺がありました。

アメン・ラー神の歌い手ヘネトタゥイの人型内棺とミイラ板         

上の説明には「 アメン・ラー神の歌い手ヘネトタゥイの人型内棺とミイラ板」とあったので、恐らく太陽神への讃歌をささげていた女性の棺のようですが、左手にある棺の蓋(ふた)にびっしりと描かれた絵が見事でした。

この辺にあったパネルに、もう数日たった記憶なので不確かなのですが、たしかこんな意味のことが書かれていました。

古代エジプト人は「朝になると再び出現する太陽神のように(あるいは太陽神と共に)、自分も再び蘇りたいと思っていました」と。



これに関しては、私の手元にある「図説エジプトの死者の書」にはこうあります:(p、50)

太陽の再生

「・・・だから、彼らにとって、天空に燦然と輝く日輪がその光を鈍らせ、西の地平線に沈んでいく様は不安をかき立てる出来事であり、日没の瞬間、彼らは「太陽神が死んだ」と考えた

太陽はいったいどこに消えてしまったのだろう。一条の光も存在しない闇は、どんな生命も産み出さない死の世界であり、人々は眠りを貪(むさぼり)りながら朝を待つほかはなかった。

翌朝、消えたはずの太陽が再び光を取り戻して東の空に輝く瞬間というのは、エジプト人にとってただの自然現象ではなく、思わず顔を上げて拝まずにはいられない神々しいひと時だった。 それはまさに太陽の誕生であり、奇跡のような復活劇に思われた。

死に臨むものはこの太陽の再生にあやかり、自らもあの世で再び生き返ることを望んだ。」
、と。

6181608249_eea83203dd.jpg


以前、この部分を読んだときからずっと違和感を感じていたのですが、(つまり、古代エジプト人が毎日日没の瞬間に太陽神は死に、朝とともに蘇ると考えていたという解釈。)

太陽神の「死と再生」とは、「毎日」などというほんの短いスパンの話ではなく、おそらくは「万年」という単位で繰り返しているのかもしれない長大な「太陽の時代」についてのことを言っているのではないかと・・・。

本当は古代エジプト人はこう思っていたのではないかと私は思いました。

「こんど来世で蘇るときは、太陽神が不安定な時代ではなく、太陽神が勢いよく復活し、気候が安定した平和な時代に生まれ変わりたい」と。

だから古代エジプト人は「太陽神の再生」を表わすスカラベの装飾を棺に描いたり、アクセサリーなどにして常に身の回りにおいたのではないでしょうか。

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(紫のアジサイ。もう季節はずれになってしまいましたが、いつか使おうと思って撮っておいた写真なので掲載します。)


最近、ヒプノセラピー(催眠療法・前世療法などとも言われる)を受けてきました。

今回も感動的なセッションだったので、ここに少し感想を書くとともに、ヒプノセラピーについて少しだけご紹介したいと思います。

今までこのブログではあまり個人的なことは書かない方針でやってきたのですが、精神的に(場合によっては肉体にも)大きな「癒し」をもたらす方法を知っているのに書かないのもなんだなあと思ったので・・・

ふつう「催眠」と聞くと、ひと昔前にテレビなどでよくやっていたような施術者(催眠をかける人)に操られたりするようなイメージがあるかもしれませんが、普通ヒプノセラピーでは本人の意思に反してしたくないことをさせられたりすることはありません。

また、潜在意識につながりながらも自分の意識もあるので答えたくないことは答えなくてもいいし、施術者に自分の希望も伝えられるので、受ける際にあまり心配されるような必要はないと思います。

催眠療法では、従来は心理的なトラウマや各種の恐怖症など、生きずらさの原因となっている場面を潜在意識の中から呼び出して癒しにつなげるというものが多かったように思うのですが、今では自己実現、仕事の成功、恋愛の成就など、色々な願いをかなえる為にも積極的に活用されているようです。

上記のように便利に使われている催眠ですが、私の経験では、慣れてくると必ずしも「療法」によらずとも簡単に催眠状態に入れるようになりますし、入ってみるとなかなか奥が深くて面白い世界が開けます。

催眠療法とは、「潜在意識の探検」と言い換えてもいいかと思うのですが、自分の潜在意識の中にある膨大な記憶を使えば、自分の覚えていない幼少期のことや胎児の時、母親のお腹の中にいた時のことさえ思い出せます。

また最近はスピリチュアルな認識の進歩により催眠療法に「前世(前生)」という視点を加えたところも、ひとつの大きな進歩だと思います。信じられないかもしれませんが催眠に入れば何千年も前に生きていたときの過去生の記憶や、死んだあと、自分の体を離れてただの「意識」になったときの記憶さえ出てきます。

こうした体験を何度も積み重ねていくうちに、だんだんと目に見えないこの世の仕組み・・・自分にもたくさんの前生があること、死んだらそれで終わりではなく、魂としての自分の存在は続いていくことなどを頭ではなく心で信じ・理解できるようになります。そうすると、そのことをきっかけに自分の生きている意味を見い出すことができるかもしれません。

人間は魂の長い歴史の中で数え切れないくらい多くの転生を経験するといわれるので、それでもほんの一部かもしれませんが、私も自分の前生をこれまで数多く見てきました。そして、その中には今生での家族や親しい友人などが出てくる場合もいくつかありました。(前生ではそれぞれ違う姿をしているのですが、なぜかその人だと分かるのです。)

それらを見ることによって、今の家族との関係性や今生で克服すべき課題(人間には完全無欠な人はいないので、それぞれの魂の苦手科目を克服するためにこの世にまた生まれ代わってくるといわれています)といったことが、ほんの少しですが分かって来たようにも思えるのです。



                      
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さて、今回のヒプノセラピーで出てきた内容ですが、前生でもなく、かと言って本当の未来とも違うような不思議な世界を体験しました。

それは、生者と死者の間に横たわる「三途の川」がある不思議な世界です。

その川のようなものは、深い渓谷のようにも見え、この世とあの世の境目に長く横たわっていました。

その三途の川を前にして、私はある人物との間で個人的にとても感動的な体験をしたのですが、ここでは詳しく書けません。 (この世界では心の交流はダイレクトにテレパシーで伝わりました。)

そして、三途の川の向こう側には、懐かしい人々がたくさん待ってくれているような気がしたのです。

その後、向こうの空の高みから、イエス様のような人がそれを囲むみ使いのような人たちと共に、まばゆく輝く白い雲に乗ってこちらに向かって来るのが見えました。 (臨死体験では自分の信じているものが出てくるらしいので、私はキリスト教の素地があるためだと思います。)

私はそれを見て、「至福」といってもいいほどのものすごい幸福感( 「歓喜」と言い換えてももいいかもしれない )を感じました。

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さて、私は10年くらい前に立花隆の『臨死体験』という本を読んでから、それを私も経験してみたいなと思っていたのですが、とはいっても交通事故にあって死にかける・・・というような悲惨な体験をするのは嫌なのでほとんどあきらめていました。

でも、思いがけず今回は何の痛みも伴わずに、ふつう人が臨死体験でしか見ることができないような体験を催眠状態ですることができたのでとてもよかったと思いました。

一般的に臨死体験をした人はそれまでと人生観が変わることが多いらしいですが、確かにこうしたものを見ると死後の世界に対する恐れがなくなります。そして昔から死ぬ間際に「お迎えが来る」とはよく言われることですが、私もそれに似た体験をしてみて、なるほどこれは人が安らかな死を迎えるための最善の準備だと思いました。

(「臨死体験」とは、何らかの事情で生死の境をさまよったあと奇跡的に生還した人が、そのさまよっている間、同じようなものを見たり感じた体験をしていることが分かってから有名になった言葉。私と同じように広いお花畑や草原、三途の川や神のような存在・光などを見る人もいる。)



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