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紀元前2500年、ピラミッド・テキストがまとめられた頃、ファラオ王朝の宗教の中心地はヘリオポリスだった。「太陽の都市」と呼ばれたヘリオポリスは、「オン」あるいは「イヌ」と呼ばれていたが、現在はカイロの郊外アル・マタレイヤ地区の下に埋没している。

そこは、「神々の父」アトゥムとも同一視されている太陽神ラー信仰の中心地だった。ヘリオポリスの神官たちは、天界の謎の奥義を究め、太陽、月、惑星、星の観察と記録に従事した。

どうやら神官たちは、巨大な経験という遺産を受け取っていたようだ。それは、想像を絶するほど長い年月をかけた、天空観測の蓄積である。古代ギリシャや古代ローマの学者たちは、現代人に比べ、少なくとも二千年は古代エジプト人に近い存在だった。

その学者たちでさえ、ヘリオポリスとメンフィスの神官たちの優れた知識と知恵に衝撃を受けている。それは特に、天文学に関してだった。

たとえば、紀元前五世紀という昔に、ヘロドトス(「歴史の父」と呼ばれる)はエジプトの神官たちに最大限の敬意を表している。太陽暦を発見し、天体の十二宮を作り出したからだ。

ギリシャは、エジプトから十二宮の考えを借りたのだという。
「私見によれば、計算の方法はギリシャ人よりもはるかに優れている」とヘロドトスは書き残している。

紀元前四世紀、哲学者アリストテレス(アレクサンダー大王の教師)も、エジプトの天文学が進んだものであったことを知っていた。
「彼らの観測は、太古の昔から保存されてきた。現在の星の知識は、ほとんどその記録に基づいている。」

エジプトの神官は「一万年以上もの無限の時間」をかけて星の観察を続けたと言ったのはプラトンである。同じように、エジプトを紀元前六十年に訪問したシチリア生まれの歴史家ディオドロスも、こう力説している。

「エジプト人たちの関心の的は、星の配置とその動きだった。・・・・・・注意深い観察の記録は、今日まで保存されている。信じられないほどの年月を経て・・・・・・

(創世の守護神・上より)



       デンデラの黄道体

                     エジプト・デンデラ神殿の黄道体


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