古代のことがらを学ぶことによって、現代の指針とすることができるのではないかと思っています。

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2013 23 00:00:00

「うねる水の道」に関する考察

前記事のうねる水の道についての考察です。

DSCF6003.jpg


「『 うねる水の道 』は洪水を起こし、ラーシュの原は水であふれた。

私は船で天空の東側に運ばれた。

その場所で、神々が流儀を授けた・・・・・・(オリオンの)妹はシリウス・・・・・・

水路を通ってきた。それは大氾濫の洪水の河岸であり、安心立命の場だ・・・・・

それは水平線にある・・・・・・・

どうか「うねる水の道」に持ち上げ、昇らせてください。

不滅の星たち、神々の間に置いてください・・・・・・」

             (ピラミッド・テキストより)


上記の「うねる水の道は洪水を起こし、・・・」という部分ですが、もう察しのいい読者はお気づきのとうり、これは天の川=銀河の赤道面の通過が大洪水を引き起こしたことを言っているのではないかと思ったわけです。

今までの記事で見てきたように、私は大洪水は急激なポールシフトの結果として起こったのではないだろうかと考えているわけですが、それを伝えようとしているのではないかと・・・。

もちろん、「うねる水の道」はナイル川をも同時に表わすとのことですので、「毎年夏至の頃に起こるナイル川の氾濫」を表わしている可能性もあります。

しかし、全体の描写は「天空」という言葉ややオリオン・シリウスなどあきらかに「星空」を思わせるので、これは天の川のことを言っているように思えるのです。

また、エドフ・テキストにも書かれているように、ピラミッドと大洪水のイメージは切ってもきれないような関係にあるので、これはナイルの大氾濫ではなく、地球規模で起こった大洪水なのではないだろうかと思えるのです。

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もし仮に太古の昔、獅子座の時代に太陽系が現在のように銀河の赤道面を通過し、またそのことによって地球規模の大洪水が起こったとするなら、そしてピラミッドを造った人たちがその生き残りであるのなら、彼らがギザ台地に巨大な複合遺跡群を造るという壮大な仕事をしてまで後世に伝えたいと思った事柄とは一体何だったのでしょうか?

太古の昔に起きた太陽の異変、それにともなって起きた地球規模の大変動・大洪水のことを伝えること以上に大切なことが他にあるでしょうか?

しかし、大洪水によって文明の痕跡がすべて破壊されてしまい、知識のある人間もほとんどいなくなってしまったのなら、これらを後世に残すのは至難のわざだっただろうと思えるのです。

だから、自分がもし彼らの立場に立ったら一体どうやって後世の人にそれを残そうとするだろうか?ということを逆に想像してみるのです。
 
以下は私の推測です。



高度な天文学をもっていた古代人は、この地球規模で起こった大変動が、また13000年後の遠い未来の時代にも確実にやってくるであろうことを知っていました。

また、自分達の経験から、未来の人類が遭遇するであろう困難も予測がつきました。・・・・つまり、突然やってくる大変動に対する知識不足からくる驚き、とまどい、恐怖・・・。

こうしたことを少しでも緩和し、未来の人類を助けるために、知恵の神トト・および賢人達はその知識を地上に残そうと決めたのではないでしょうか。(トト神はそれだけではなく、「不死」の知識をも人類に教えようとしていたとテキストにはあります。…参照 トト神のことば…「上にあるごとく、下にもある」

しかし、いざ知識を残すといっても次の大変動期まで1万年以上ものへだたりがあるわけですから、そう簡単にできることではありません。何より、これだけの長い期間、風雨や地震・戦争など考えられるいかなる災害にあっても朽ちないものに残さなくてはなくてはなりません。
だからこそ古代人はピラミッドのような堅固な建造物を造ったのではないでしょうか。

しかし、こうした建造物を「ハード」とすると、それを理解するためのものが必要です。
そのために、古代エジプト人はピラミッド・テキストやエドフ・テキストなどの石に書かれた言葉をソフトとして残しました。それを正しく解読することが重要であることはいうまでもありません。

また、古代エジプトにかつては残っていた、厳格なまでに長期にわたって守られてきた儀式にもそれらが残されているはずだと思うのです。

また、人類が彼ら古代人のことばの意味を理解してくれるかどうかは分からないので、文字はシンボルや絵文字など、なるべく「見ただけでそれと分かるような」表記の仕方を工夫したことでしょう。

           Egypt_Hieroglyphe2.jpg
            ヒエログリフ (hieroglyph, 聖刻文字、神聖文字)
 
また、数字や数学はどの民族にもわかる「普遍的な言語」なので、ピラミッドなどの建造物に天文学に関する数字などを組み入れるということも行われています。

しかし、天文学を理解していない人類に、星の動きに関する難しい概念を伝えるためにどうすればいいのかをひねり出すことは、彼らにとって頭の痛い問題であったに違いありません。

彼らは、宇宙空間における地球の動きと最差運動などの知識を、地上に遺跡などの形で残しました。また、それらと共に、宇宙の法則=「私達に宗教と呼ばれているもの」をも残そうとしたのではないでしょうか。

アンコール遺跡が果たしてピラミッドと直接の関係があったかどうかはよくわかりませんが、アンコールにある紀元前10500年の竜座の形を映した寺院群は、たとえ何度か立て直されたものであるとしても、元々あった位置に建て替えさえすれば、配置自体はかわらずその目的を達せられるはずです。(関連記事…「白鳥座(Cygnus)について調べてみる」


同様なことを伝える目的でエジプトにおいては、トト神のことばから推測すれば、エジプトの地を大きな用紙(またはカンバス)に見立て、空の景色の映し(鏡)のように仕立てたのではないでしょうか。

銀河の赤道平面の通過とともに起こった太陽系の異変を知らせるために、何より大事な中心的素材は「銀河平面」です。
古代の賢人たちはこれを表わすため、「ナイル川」という自然の構造物を使ったのかもしれません。


私は、古代エジプト人は建造物を造るだけではなく、すぐれた治水技術ももっていたはずだと思っているので、必要ならばナイルの形を変えて天の川に見えるように整えることさえ可能だったのではないかと思っています。

ハンコックによれば、紀元前10500年の天の川とナイル川は、完全な一致を見せるといいます。

                  天の川とナイル川
http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=2013051704より
(上の写真はナイル川ではありませんが、紀元前10500年当時のナイル川と天の川はこのような配置になっていたということです。)


そして、獅子座などの当時見えていた星座の姿を地上に残すことで、当時が「いつであったか」を表わすことができるわけです。→「天界を映す鏡」補足

またさらに、周期的に大変動が起こる要因となっている太陽系の動きや最差運動についての知識を、古代人は遺跡に残そうとしたのではないでしょうか。

あとは、未来の人類が彼らの天文学に追いつき、それらに隠された「謎」を解明してくれれば彼らの偉大な業績と骨折りも無駄にならずにすむはずです。

私達は、これほどまでの情熱と労力を注いでくれた古代の賢人達にもっと感謝を捧げなければならないのではないでしょうか。

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そして、もうひとつ気づいた大事なことがあります。

 (天の川銀河の中を蛇行しながら公転している)太陽系が銀河の赤道平面を通過するという行為(つまり、天の川の中心付近を太陽系が横切るという行為)を、地上のナイル川に映そうとするとどういうことになるのかを・・・


arrow32_2013101910072395d.jpg



つまり、それは「ナイル川を横切る」、「ナイル川を舟で向こう岸に渡る」、という行為にあたるのではないでしょうか。

長くなるので、これについてはまた次回に送りたいと思います。







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