古代のことがらを学ぶことによって、現代の指針とすることができるのではないかと思っています。

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2013 30 00:00:00

神倉山の石段

450px-Kamikura-jinja03s2048.jpg
               和歌山県、神倉山に登る石段

今日は、ちょっとエジプトの話題から離れたいと思います。

昨年12月、熊野(和歌山県)へ行ったときに、急な石段を登って神倉山の頂上にある「巨石」を見に行ったというお話を書いたことがありましたが・・・→(「伊勢と熊野に行ってきました。」)
そこへ至るまでの石段が、巨石と同じくらい印象的だったので、そのことを書いてみたいと思います。

Wikipediaによると、この急な石段は538段。
自然石を組み合わせて築かれたもので、ひとつの石段はおおよそ高さ25センチ、奥行きは30~40センチであると書かれています。(高さ25センチというと、低い階段の2倍くらいあり、とても昇りにくいです)

江原さんのガイドブックを見て知っていたとはいいながら、実際に現地に行ってこの赤い鳥居の下から上を見たとき、「こんなに急な階段、本当に上まで登れるんだろうか?」と心配になりました。
(この写真には人が写っていないので実感がわきませんが、この石段ひとつひとつがとても大きいのです。)

この石段を登りながら、「昔の人(たぶん太古の時代の人だろうと私は思っているのですが)は、なんでこんな急な石段を作ったんだろう?・・・しかも、ちょっとやそっとじゃ崩れなそうな頑丈な造りの石組みだし。・・・きっと、大急ぎで上に昇らなければならないようなことが、昔、実際にあったに違いない」と思ったのでした。
(神倉神社の歴史的な創建年代は128年頃と考えられていますが、神話時代にさかのぼる古くからの伝承があり、古事記や日本書紀に書かれている天磐盾(あめのいわたて)の山だとも考えられているそうです。)

そして、その「急いで上に登らなければならないような状況」とは、もしかして「津波」ではないかと思ったのです。

しかし、この神倉山(北緯33°・東経136°)は標高120メートルもあり、現在の常識では「そんなに高い津波が押し寄せるはずはない」と思えるような高さですが、もしかすると古代の大変動期に実際にそのような大津波があり、「そのための避難用に造ったのではないか」という気がしたのです。

(ここは昇り始めは急ですが途中からはさほどでもなく、お年寄りでも杖をついて登っていた方がいたので、時間をかけ、普段から訓練すれば比較的誰でも昇れそうな感じの山でした。)

頂上までいくと、驚くことに神社の周りはほぼ断崖絶壁になっており、しかも人間の力ではどうやっても到底持ち上げられなさそうな巨大な石が狭いスペースに3つも置かれているという、まことに不思議な場所なのです。そして、その巨石を祭るかのように神社が置かれています。


280px-Kamikura-jinja01s2048.jpg

そしてそこから後ろを振り返ると海がすぐ下界に広がっており、津波から大急ぎで逃げるにはうってつけの場所であるようにも思えます。

              
            HI3H0489s_2013103019594596e.jpg




私はこの付近のことはよく知りませんが、地図から推測できることは、神倉山のある位置は海岸からたった2キロ位しか離れておらず、かつ河口からも近いので、太平洋側で大きな地震が起きたら、あっという間に海からと川からの遡上(そじょう)で水に飲みこまれてしまいそうな感じの地域に見えるのです。

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ところで、現代でも実際に120メートルなんて津波がありえるのかなあと思ってまた調べてみると、なんと観測史上最高では、524メートルもの津波があったと書いてありました。 

1958年7月9日(現地時間)、アラスカの南端の太平洋岸にあるリツヤ湾 (Lituya bay) で岩石の崩落による津波が起き、最大到達高度は海抜520mに達し、津波の波高の世界記録とされている。。→リツヤ湾大津波

この場合は要するに、大量の岩石が海面に落ちたため、「水がはね返って」起きたのでこんな高さになったようですが、このリツヤ湾ではそうでない場合でも、120メートルを越す津波が実際に起きているのです。

なお、リツヤ湾では1853年か1854年に120m、1936年に147mの大波(いずれも到達高度)が起こったことも明らかになっている。これは、湾周囲の山林に植生する古い樹木を複数伐採して年輪を調べたところ、該当年の年輪の海側に、大きな外傷を受けた痕跡が残っていたことから判明したものである。(wikipedia「津波」より抜粋)


また、Wikipediaのこのページでは、311東日本大震災のとき、津波により海水が「河川を遡上(そじょう)した」ことについも触れていました。

2011年東北地方太平洋沖地震の津波は、利根川の40kmを筆頭に、江戸川3km多摩川13km荒川28kmなど、関東の深部まで到達した。このことから、海に面していない埼玉県でも地震後、津波の被害に対応する地域防災計画の検討を始めるなどしている。

また、遡上する津波が高い場合は河川の堤防を決壊させて洪水を引き起こすことがある。2011年東北地方太平洋沖地震の津波では、青森県・岩手県・宮城県の計22河川が津波により同時に決壊するという未曽有の被害を生じた。

北上川では、河口から49km離れた旧中田町 (宮城県)にまで津波が到達し、農地の大規模浸水が起こっているほか、名取川では太白区・若林区の、旧北上川では石巻市の市街地を濁流に呑み込み、甚大な被害を出した。

特に旧北上川では、堤防が高台であると考えて津波を避けるため避難してきた小学校の児童たちが、遡上した津波に呑まれるという悲惨な出来事も起きている。

津波の河川遡上という現象自体が一般に知られていないため、津波の際に人々が海岸から離れることはあっても、河川から遠ざかろうとすることはまれである(以上抜粋)




これから起こる「津波」は、(最近は台風にしてもも何でもそうですが)、常に「前回のものよりもっと大きいかもしれない」、あるいは「今までの記録を更新するかもしれない」という覚悟をしておいたほうが無難なのかもしれません。



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