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古代のことがらを学ぶことによって、現代の指針とすることができるのではないかと思っています。



   
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伊勢の夫婦岩から登る朝日~天孫降臨の構図

   
伊勢の夫婦岩について、深い洞察をされている方のブログがあったので、以下に
引用させて頂きました。
http://www.ley-line.net/motoise/motoise_04.html

(文字が小さかったので、文と写真を一部コピーさせてもらいました。)


・・・・・・伊勢の夫婦岩から登る夏至の朝日に天孫降臨を目撃した古代の人々、そして同じ日に日室岳に沈む夕陽に向かって静かに拝み、大日神の恵みに深い感謝を捧げた人々、その人々と宮沢賢治をはじめとするスピリチュアルな感性に富んだ近現代の人々。その人々に共通する何か、そこにもレイラインのカギが隠されているかもしれない。

・・・・・・伊勢内宮と外宮を結ぶ約4kmのラインを底辺として、内宮から北北東へ8km、外宮から北東へ8kmそれぞれ線を伸ばすと、その交点を頂点とする細長い二等辺三角形が現れる。

           ise_map01.jpg


その頂点にあたるのは伊勢の中でも特別な聖地である二見ガ浦の夫婦岩だ。

夏至の日、二見ガ浦の岸辺にある遥拝所から夫婦岩を望むと、締め縄が渡された二つの岩の間から朝日が昇る。
その光は内宮と外宮を結ぶ三角形の内側にあまねく行きわたる。


 夏至は、太陽の日差しがもっとも強い日。日の光を命の源とする生命にとって、もっとも恵みの多い日といってもいい。
天照大神は、日神とも称されるように太陽そのものでもある。

天照大神を祭る伊勢に、力を一杯たくわえた天照大神が降臨する。夏至のこの瞬間は、まさに、伊勢という土地を象徴している。


夏至の日、太陽は夫婦岩の間から昇り、遥拝所の鳥居を潜って、輿玉神社から伊勢の神域へと導かれる
これは、天照大神の使いとして邇邇芸命が地上に降り立つ「天孫降臨」そのままの構図を描き出している

         ise_07.jpg


天照大神が、皇女豊鋤入姫命(とよすきいりひめのみこと)を御杖代(みつえしろ)として大和を発ち、現在の伊勢に落ち着くまでに、各地を80年あまり、20箇所以上も変遷した。
そしてようやく、現在の伊勢に落ち着くわけだが、それは、この土地が持つ「第一行」が、もっとも強かったからではなかったかと前に書いた。

その「第一行」の肝となるのが、夏至の日に夫婦岩から昇る朝日ではないだろうか。

 この日、天気が良く見通しがきけば、昇る朝日の背後に、遠く富士山が浮かび上がるという。

富士山は、不二の山、あるいはアイヌ語で「火」を表わす「フチ」にその名が由来するといわれるが、古来から、力と生命力を象徴する聖地として崇められてきた。

夏至の太陽と不二の富士山が同時に夫婦岩という天然の鳥居を潜り、伊勢へ導かれる。
それは、記紀神話に描かれる天孫降臨の構図そのものだ。



。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

やっぱり思ったとおりだった。

夏至に昇る太陽を二つの岩ではさんだだけでは足りず、手前にある遥拝所の鳥居で囲み、さらに背後には富士山まで一直線になるように入れてしまうとは!

こうしておけば、太陽だけでなく、富士山に何か異変があっても見つけやすいはずだ。
富士山は、古代にも何度も噴火していた形跡があるという。1万年以上前の富士山は、
今とは別の形をしていたのかもしれない。

その上、冬至の前後(11月~2月頃)には、岩の間から満月が昇るという

伊勢の夫婦岩とその手前にある二見興玉(ふたみおきたま)神社のある場所は、きっと古代の天然の天文観測所だったに違いない。

それに、この神社の二見興玉(ふたみおきたま)という名前も、意味深い感じがするのです。

二見は「二つの岩の間に見る」、興玉(おきたま)というのは、「玉」を太陽に見立て、その間に置いたのでそのような名前をつけたのではないのでしょうか?

あるいは「玉」(太陽)が真ん中に見えるように二つの岩を置いたので、そのように言うのかも・・・


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