古代のことがらを学ぶことによって、現代の指針とすることができるのではないかと思っています。

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2014 21 00:00:00

古事記の創世神話 その4 

さて、「古事記の創世神話 その3」のつづきですが、私の手元にある「古事記 神話を旅する」のあらすじにはこうなっています。

天(あめ)と地(つち)がはじめて姿を見せたそのとき、高天原(たかまのはら)に「造化三神(ぞうけさんしん)」と呼ばれる三柱の独り神(アメノミナカヌシ、タカミムスヒ、カムムスヒ)が生まれた。 

また、大地が固まっていない下界では、泥の中から、人間の祖先神だと思われる「立派な葦の芽の男神」ウマシアシカビヒコジが誕生した。

その後も、次々と神が成り出て、最後に現れたのは、男女の神であるイザナギとイザナミであった。
高天原の神々は、そのイザナギとイザナミに「(まだ固まらずに)漂っているこの地(くに)をまとめよ」と命じた。

2神は、高天原の「天の浮橋(あめのうきはし)」に立ち、神から授かった「天の沼矛(あめのぬぼこ)」を下ろし、「コヲロコヲロ」とかき混ぜた。

すると、矛の先から滴(しずく)が落ち、潮がだんだんと重なって、お能碁呂(オノコロ)島が誕生した。

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前回はここまでだったと思います。で、その続きです。

そこでイザナギとイザナミは、オノコロ島に降り立ち、世界の中心を象徴する「天の御柱(あめのみはしら)」の周りを巡り、夫婦の契りを結んだのである。
              
              0919-50.jpg


「吾ト汝ト、コノ天ノ御柱ヲ行キ廻リ逢ヒテ、美斗能麻具波比(みとのまぐはひ)セム。」 

[訳] 「わたしとおまえとが、この天の御柱を行き巡り、逢ったところで、まぐわおうぞ。」
                      
                                       (邪那岐命)



こういうお話もロマンチックで私は好きなのですが、この辺の描写についてより詳しいものはないかと探したところ、以下の研究が詳しいと思ったので、一部引用させていただきました。

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「民俗宗教における柱の信仰と儀礼」
http://www2.kokugakuin.ac.jp/frontier/publication/bulletin1_10.pdf#search='%E6%B0%91%E4%BF%97%E5%AE%97%E6%95%99%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E6%9F%B1%E3%81%AE%E4%BF%A1%E4%BB%B0%E3%81%A8%E5%84%80%E7%A4%BC'



・・・・・・『日本書紀』の本文では天地開闢(かいびゃく)に関しては天地陰陽が分れず鶏卵のように混沌とした状態の時、ほの黒い中に「牙(きざし)」があらわれ、清く明るいものがたなびいて天、重く濁ったものが土となった。

そしてこの後に「神聖(かみ)」が生まれた。なお天地開闢の始めの大地は、水の上に浮かぶ魚のような状態であった。その時天地の中から「葦牙(あしかび)」のようなものがあらわれ、それが国常立尊(クニノトコタチノミコト)になったとしている。

ここでは混沌の中からまず「牙」(きざし)があらわれ、ついで天地・陰陽が成立し、神聖が出現していること、天地の中から葦牙(あしかび)のようなものが生じ、それが国常立尊(くにのとこたちのみこと)となっていることに注目しておきたい。

一方『古事記』では、天地開闢の時、高天原に天御中主神、高皇産霊神、神産巣日神(アメノミナカヌシ、タカミムスヒ、カムムスヒ)の独神が現れて身を隠した。

ついで国が稚(わか)く浮(き)脂のようにただよっている時、葦牙(あしかび)のように萌えあがるものがあらわれ、そこから宇麻志阿斯訶備比古遲神(うましあしかびひこじのかみ)、天之常立神(あめのとこたちのかみ)の独神が現れて姿を隠したとしている。

このように『古事記』では、まず高天原での独神(ひとりがみ)の出現が語られ、葦牙から生まれた神も、天之常立神とするというように天界に力点が置かれているのである。

国生みに関しては『日本書紀』の本文では伊弉諾尊(イザナギノミコト)と伊弉冉尊(イザナミノミコト)が天浮橋(あまのうきはし)に立って、この底つ下に国があるに違いないと云って「天の瓊矛(あまのぬぼこ)」を下して探ると青海原(あおうなばら)があった。

さらに矛の先からしたたり落ちた潮がかたまって島が出来た。

                        Kobayashi_Izanami_and_izanagi.jpg


そこで二人の神はこの島をオノコロ島と名づけ、そこに降って、この嶋を国中の柱として、男神は左から女神は右からまわって「ミトノマグワイ」をして日本の国々山川草木、神々を生んだとしている。

なお『日本書紀』の一書では二神はオノコロ島に降って八尋(やひろ)の殿を化作(みた)て、また天の御柱を化堅(みた)てて、その柱をまわってミトノマグワイをしたとしている。

ただし『古事記』では、天つ神が二神にただよっている国を固めるよう命じて、天の瓊矛を与え、それに応じて二神が矛で海を探り、潮が固まって出来たオノコロ島に降りて、天の御柱を見立て、さらに八尋殿を見立てて、その周囲をまわってミトノマグワイをし、国生みを行ったとしている。

いずれにしろ国生みの話では海をかきまぜ、天の瓊矛(ぬぼこ)からしたたりおちた潮がかたまって島となり、その島に天降った二神が八尋殿に安置されたと思われる天の御柱をまわって日本の国土、山川草木、神々を生むというように、矛、柱が国を始め万物を生み出す根源ともいえる重要な要素となっている

その際『日本書紀』では、伊弉諾尊と伊弉冉尊の二神が相談の上で国生みをしているのに対して、『古事記』では天の神の命令でなされているということが大きく異なっている。


               
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。(以上引用、文字色と下線は筆写による)  

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