古代のことがらを学ぶことによって、現代の指針とすることができるのではないかと思っています。

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さて、それほどまでに悪を嫌う神様ですが、それなら一体どうして私たちの文明をすぐさま滅ぼさないのでしょう?

私たちの今日の世界にも、洪水前の世界が滅ぼされた原因となった「争い、戦い、殺人、弾圧」のような罪に加え、ソドムの町が滅ぼされた原因となったような「性的不道徳」もここかしこに存在しているのです。

神さまが本当に存在しているのなら、どうしてこれらのことを知りながら、長くほうっておかれるのでしょうか??

聖書にはこうあります:
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また、ほかの譬(たとえ)を彼らに示していわれた。

「天国は、良い種を自分のためにまいておいた人のようなものである。人々が眠っている間に敵がきて、麦の中に毒麦をまいて立ち去った。芽が生えて実を結ぶと、同時に毒麦もあらわれてきた。」

僕(しもべ)たちがきて、家の主人に言った。「ご主人様、畑におまきになったのは良い種ではありませんでしたか?・・・どうして毒麦が生えてきたのですか?」

主人は言った。「それは敵のしわざだ。」

すると僕たちが言った。「では行って、それを抜き集めましょうか?」

彼は言った、「いや、毒麦を集めようとして、(良い)麦も一緒に抜くかもしれない。

収穫まで、両方とも育つままにしておけ。収穫のときになったら苅る者に、まず毒麦を集めて束にして焼き、麦のほうは集めて倉に入れてくれ、と言いつけよう。」
                            
(マタイによる福音書13:24~13:30


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これの意味することは要するに、「世の終わりが来たら全ての人をまとめて裁く(判断する)つもりなので、それまではそれぞれの人々のするがままに任せておけ」、ということなのです。

こう書くと、神様が無責任な方のように聞こえるかもしれませんが、人間というものは生来、善くも悪くもなれる可能性を秘めているので、裁きを猶予することによって、より多くの人が救われるように という神様のご配慮でもあるのです。 

だから、この世には神様はいないのではなく、ちゃんとした計画を持って、我々に対して忍耐していらっしゃる ということになります。

でも、せちがらいこの世の中では「神も仏もあるものか!」と恨めしく思うようなこともいっぱいあるかもしれません。でも、神が最後にはちゃんと公平に裁いてくださるので、私たち自身が人を恨んだり、仕返しをしたりする必要はないのです。

でも、よく考えてみるとこれって、すごく「精神衛生上」いいことだと思いませんか?

私は、信仰をもち、またスピリチュアルを理解するようになってからは、人を恨まなくなりました。
たとえ一時的に恨むようなことがあっても、「復讐心」までは持たないようになったので、以前より俄然心がおだやかになったのです。

たとえ、私たちに理不尽な仕打ちをする人があっても、その罪は最終的にその人自身に帰せられるのです。だから、私たちがするべきことは、むしろ自分自身が神から裁かれないように、日頃の想いや行動に気をつけることだと思います。



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