古代のことがらを学ぶことによって、現代の指針とすることができるのではないかと思っています。

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前々回に書いた「聖書の中に見る次元上昇」の話のさいご、「死人の復活」について、少し補足を入れることにします。
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・・・・・しかし、ある人はいうだろう。

「どんなふうにして、死人がよみがえるのか?・・・どんな体をしてくるのか?」

おろかな人である。あなたの蒔くものは、死ななければ生かされないではないか。

またあなたの蒔くのは、やがて成るべきからだをまくのではない。

麦であっても、他の種であっても、ただの種つぶにすぎない。

ところが、神はみ心のままに、これに体をお与えになる。

すべての肉が、同じ肉なのではない。人の肉があり、獣の肉があり、鳥の肉があり、魚の肉がある。

また天に属するからだもあれば、地に属するからだもある。

天に属するものの栄光は、地に属するものの栄光と違っている。

日の栄光があり、月の栄光があり、星の栄光がある。

また、この星とあの星とのあいだに、栄光の差がある。

死人の復活も、また同様である。

朽ちるものでまかれ、朽ちないものによみがえり、卑しいものでまかれ、栄光あるものによみがえり、弱いものでまかれ、強いものによみがえり、肉の体でまかれ、霊のからだによみがえるのである。

肉のからだがあるのだから、霊のからだもあるわけである。


聖書に「最初の人アダムは生きたものとなった」と書いてあるとおりである。

しかし最後のアダム(キリストのこと)は命を与える霊となった。

最初にあったのは、霊のものではなく肉のものであって、その後に霊のものが来るのである。

第一の人は地から出て土に属し、第二の人は天から来る。

この土に属する人に、土に属している人々は等しく、この天に属する人に、天に属している人々は等しいのである。

すなわち、わたしたちは、土に属している形をとっているのと同様に、また天に属する形をとるであろう。
 




イエス・キリスト

                         
                       (第一コリント15:35~49)
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