古代のことがらを学ぶことによって、現代の指針とすることができるのではないかと思っています。

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「人は何度でも生まれ変わる」・・・すなわち人は「輪廻転生する」というお話しと、世の終わりの「朽ちるものが朽ちないものを着て、神の国に生まれ変わる」というこのふたつのことが混乱を招きそうな気がしたので、少々補足させてもらいます。

「輪廻転生」とは、通常わたしたち人間が、何度も別の時代の別の人間に生まれ変わっては、色んな体験(修行)をして魂を磨いていくことをいいます。(人はふつうそれを覚えていませんが。)

聖書の方では、世の終わりのことを言っています。それは選ばれて「神の国」に入る人たちは、「朽ちないからだ」をもらって永遠に生きられるということを言っているのです。

このふたつは全く違うことがらのようですが、実は「聖書」と「輪廻転生思想」は矛盾しないのです。それはあとから説明するとして・・・。

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このふたつ、それぞれに難しい概念ですが、まずこれを理解するには「核」の部分を理解しなければなりません。

それはどういうことかというと、私たちの本質は「霊」(あるいは霊魂)であって、決して「肉体」そのものではないということです。(聖書では神も「霊」であると言っています。)

もしこの1点だけでもしっかり理解できれば、それぞれはその応用編とでもいいましょうか、それほど理解に遠いことがらでもないような気がします。

すなわち、人が死んでも霊魂はその「肉体」を脱ぎ捨ててあの世に行くだけだと考えれば、あの世に行った魂が、また別の肉体に入ってこの世に戻ってきても理論上はおかしくないはずです。

そして、世の終わりには、同じように「霊」になった人間に、「朽ちないからだ」を着せようと神様は言って下さっているのです

このように考えると私たちの本質である「霊」は、驚くべきことですが、まるで洋服を着たり脱いだりするように肉体、あるいは「からだ」を着替えられるのだということが分かります。 ( →死人のよみがえり


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