古代のことがらを学ぶことによって、現代の指針とすることができるのではないかと思っています。

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前の記事で私が「小学校の頃から世の終わりという概念に触れてきた」と書いたので、私がキリスト教家庭に生まれたのかと思われる方がいたかもしれませんが、そうではないので、ここで説明するとともに、簡単に私のプロフィールを書きたいと思います。

私の家は普通のサラリーマン家庭で、特に宗教というものを持っていませんでした。
そんな私がキリスト教に触れた最初の場所は、カトリックの幼稚園でした。

そこは、当時では珍しかったのかもしれませんが立派な丸いドーム型の屋根をもつ礼拝堂があり、「マドレー」と呼ばれるベールをかぶった修道女のような外人の先生のいる、キリスト教の幼稚園でした。

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(写真は「天使にラブソングを」という映画のシスターたち。こういう格好の先生が日本人の先生に混じって何人もいました。)

そこでは時どきみんなで礼拝堂に集まってお祈りをしたり、クラスの名前も「イエズス組」・「マリア組」・「ヨセフ」組などという聖書の人物の名前で、食事の前には必ずお祈りをしてから食べさせるという、今思えば修道院のような雰囲気の幼稚園でした。
ここに2年間通ううちに、自然にキリスト教に「なじんでしまった」ということは言えると思います。

それから普通の小学校にあがり、短大を卒業するまではキリスト教とはさほど関係のない学生生活を送ってきました。(自分で聖書を読むほかは)

でも、当時住んでいた私の大阪の家の近所に小さな教会(というか集会所)があったらしいのです。
「らしい」と書いたのは、後にも先にも行ったのはその一回だけで、今はどこにあったのかさえ思い出せないからです。

幼稚園生活もほとんど忘れかけていた小学校高学年くらいの頃、たまたまそこの前を通りかかったら、日曜日だったのかドアが広く開いており、中で何かやっている様子だったので覗いてみると、四角い部屋のスペースに30~40人くらいの人がぎっしり詰まっていて、前に立っている男の人の話を熱心に聞いているのでした。(幼稚園では男の牧師さんらしい人はいなかったので、説教というものを聞いたのは、おそらくそれが初めてでした。)

一番後ろに立っていた女性がすかさず手招きをして、「中に入りなさい」というそぶりをしたので、私もその女性の横に立って話を聞いていたのですが、子供だったのでしばらくすると飽きてきて、あたりを見回すと、真後ろの壁に本棚があり、黒っぽい背表紙の同じ本ばかりがずらっと並んでいました。

私はそれまで、同じ本ばかりが並んでいるのを見たことがなかったので不思議に思って見ていると、その女性が「ここにある本は誰でももって帰っていいのよ」と言ってくれたので、喜んでもらってかえったのが、初めて読んだ文庫本サイズの小さな「新約聖書」でした。

読むのにさほどの分量もなく、また本を読むのは大好きだったので、家に帰ってすぐに読んでしまったのですが、その最後のところに「ヨハネの黙示録」というのがあって、「この世の終わり」のことと、それに続いて新しい「神の世」が来るということについて書いてありました。(黙示録にかぎらず、四福音書にもイエスのことばでそれは書かれています。)

よく分からないながらも、わたしは「この世がいつか終わってしまう」という概念に衝撃を受け、「これは大変なことが書いてある」と心の中で思いました。

「今はこの内容がよく分からないけれども、大人になったらこのことについてよく調べてみなければ・・・。」と子供心にも強く思ったのを覚えています。

考えてみれば、それが今のこのブログにもつながっているようにも思えるのです。


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