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古代のことがらを学ぶことによって、現代の指針とすることができるのではないかと思っています。

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前回の記事で映画のことが出てきましたが、あの3つの中でもジョディ・フォスターが主役を演じた「コンタクト」は私にとってもとても印象深く、また面白い映画でした。
「別次元」がどんなものかを知りたい方には、お勧めかもしれません。

また「夢の中や、次元を探求するさまざまな概念に触れてそれを思い出す」とありましたが、今日はそれについて少し個人的な話を書いてみたいと思います。

まず、「夢」についてですが、これを私は自分の潜在意識からのメッセージとして重要なものとみなしているのでよく覚えていますし、場合によっては記録することもあります。
実は、地球の大変動のことを思うとき、自分にとって心の支えになっている夢がひとつあるのです。

私は小さいころ、といってもせいぜい小学校の低学年くらいまでだったと思うのですが、すごくリアルでSFチック、あるいは奇想天外な夢をよく見ました。

そのうちのいくつかは断片的で意味もよく分からないものでしたが、ひとつ言えることは、今だに覚えているほどインパクトがあったということです。

そして、そのうちいくつかは、わたしの魂が本当に体験した出来事ではないかと思えるのです。
なぜかというと、あまりにもリアルだったし、またその頃の自分には想像もつかないような出来事、あるいは場面の展開だったからです。

私が年頃になったころ、ようやく「未知との遭遇」や「スターウォーズ」などのSF超大作と言われる映画が公開されるようになりましたが、私が子供のころにはほとんどなかったし、また見たことも皆無だったのです。

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「子供のころの夢で印象深かったもの」

1、まるで他の星のような不思議な雰囲気のところ。
静かなエメラルドグリーンの海が大半を占め、はるか向こう岸に対岸の島(あるいは半島)が見えているほかには何もない。
私は髪の長い女性で、その海を向こう岸目指して音も立てずに泳いでいるが、よく見ると水面ではなく、水の中を息継ぎもせずに泳いでいる。

2、自分が超人的な身体能力をもっていて、町の中でバク天しながら坂道を下る夢(笑)、

3、これも地球だか他の星なのだかよく分からない不思議な場所で、ふと上を見上げると、夜空に月のような大きな星が見え、普段はひとつしかないのに、ふたつになっていたので非常に驚き、他の人にも伝えると、他の人も驚いて皆が騒ぎ出し、みんなで怯えている夢。

でも、何より一番インパクトがあったのは、「自分のいる星に向かって巨大な(に見えた)星がまっすぐに突っ込んでくる」夢です。それはまさに私たちの惑星にぶつかる直前で、恐怖のあまり飛び起きたのを覚えています。

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最近、TVの「ディスカバリー・チャンネル・ベスト」という番組で太陽系の成り立ちについて解説した番組を見たのですが、太陽系では、初期の時代に「ちり」がかたまり惑星になる過程で、あるいは惑星になってからも、星同士でたくさんの衝突という事件があったということを語っていました。

古くから多くの生まれ変わりを経験してきた私の魂は、あるいは太古の地球でそれを経験したのかもしれないと思っています。それゆえ、今ここで何事もなかったように生きているということ自体、私にとっては奇跡のようなことなのです。

今、地球の大変動といっても、よその星がまるごとぶつかってくることに比べればまだ序の口のような感じさえします。自分が過去にあれほどの大惨事を経験し、粉々に砕かれてもなお、まだここでこうして生きていられることを思うと妙な自信さえ湧いてきます。

・・・思えば、この物理次元の地球で私がどんな災害、どんな事件に巻き込まれようと、また私の身が粉々にされて朽ち果てようとも、私の本質である「霊と魂」には何一つ傷はつけられないのだなあと心強く思うのです。




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さて、以前に抜粋したフラワー・オブ・ライフの「次元上昇の過程」のつづきですが、やはり内容が複雑になり長くなるので、申し訳ありませんが抜粋はできませんでした。

その代わり、その後に来る「惑星の次元シフト」というくだりをちょっとだけご紹介してみようと思います。
というのも、以前に出てきた虚空(ヴォイド)という言葉の意味が少しだけわかると思いますし、また私たちもそこを通過してきたと書いてあるからです。

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この地球上に生きている人なら誰でもみな、すでに次元シフトを体験しています。
ここ地球にやって来るにはそうしなければならなかったからです。それが宇宙の事実です。


どこからやってきたとしても、よほど近くから来たのでない限り、地球にたどり着くには「虚空」を通過しなければならず、そのためには次元を変わらなくてはなりませんでした。

あなたは赤ん坊として地球に誕生した日、次元シフトを体験しました。ある世界から別の世界へと移行したのです。それを覚えていないのは、単に人間の記憶力の問題にすぎません。

誕生時や別次元での体験を覚えていないということは、私たち自身にとほうもない制約を加えます。そのひとつは、ばく大な距離というリアリティ(現実)を乗り越えられないことです。

この現実では距離はあまりにも大きく立ちはだかり、超えることができません。私たちは太陽系の外へも出られずにいるのです。現時点の意識状態では、人類はみずからの住処(すみか)に縛り付けられています。

違うと思いますか?今の時空間の認識では、宇宙船で遠く離れた宇宙へ旅することは不可能です。地球の科学はとっくにそうした結論に達しています。もちろん、私たちが決してこの太陽系から出られないというのは、胸がつぶれるような見解です。

1番近くの星(4光年離れたアルファ・ケンタウリ)に行くのでさえ、今日の宇宙科学技術では約1億1500万年もかかります。人はそんなに長生きできないし、しかも1番近い星でこうなのです。


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もっと遠くの宇宙へ行くなんて、逆立ちしても無理な話です。それを可能にするためには、私たちの時空間の解釈を変えねばなりません。

すでに述べたように、問題は私たちが時間と空間しか認識しておらず、次元の真実をほとんど見失ってしまったことです。すべては完璧であるがゆえに、まさに必要となった、私たちはそれを思い出しつつあるのです。

まず最初は夢の中で思い出します。それから『スター・トレック』『コンタクト』『スフィア』のような映画や、次元を探求するさまざまな概念に触れて思い出すのです。
神が私たちと共にあるのですから、必ず思い出すことになっているのです。


(フラワー・オブ・ライフ 第2巻 18・次元のシフトより)  
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・・・またオリブ山ですわっておられると、弟子たちが、ひそかにみもとに来て言った。

「どうぞお話しください。いつ、そんなことが起こるのでしょうか?・・・あなたがまたおいでになる時や世の終わりには、どんな前兆がありますか?」

そこでイエスは答えて言われた。

「人に惑わされないように気をつけなさい。多くの者がわたしの名を名のって現れ、自分がキリストだと言って、多くの人を惑わすであろう。また、戦争と戦争のうわさとを聞くであろう。注意していなさい、あわててはいけない。それは起こらねばならないが、まだ終わりではない。 

民は民に、国は国に敵対して立ち上がるであろう。また、あちこちに、飢饉が起こり、また地震があるであろう。
しかし、すべてこれらは生みの苦しみの始めである。 

そのとき人々は、あなたがた(キリストの弟子たち=クリスチャン)を苦しみに合わせ、また殺すであろう。またあなたがたは、わたしの名の故にすべての民に憎まれるであろう。・・・しかし、最後まで耐え忍ぶものは救われる。

そしてこの御国の福音は、すべての民にあかしをするために、全世界に述べ伝えられるであろう。そしてそれから最後が来るのである。

預言者ダニエルによって言われた荒らす憎むべき者が、その聖なる場所に立つのを見たならば(読者よ、悟れ。)
そのとき、ユダヤにいる人々は山へ逃げよ。屋上にいる者は、家からものを取り出そうとして下に降りるな。・・・・・・・

その時には、世の始めから現在に至るまで、かつてなく今後もないような大きな患難が起こるからである。
もしその期間が縮められないなら、救われる者はひとりもないであろう。しかし、選民のためには、その期間が縮められるであろう。・・・・・・・・

しかし、その時に起こる患難の後、たちまち日は暗くなり、月はその光を放つことをやめ、星は空から落ち、天体は揺り動かされるであろう。

そのとき、人の子(キリスト)のしるしが天に現れるであろう。またそのとき、地の全ての民族は嘆き、そして力と大いなる栄光とをもって、人の子が天の雲に乗ってくるのを、人々は見るであろう。」
 
                                   (マタイによる福音書24:3~30)

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さて、上に赤字で示した「たちまち日は暗くなり・・・天体は揺り動かされるであろう」の部分ですが、このブログを読んでくださっている方はもう、これが以前に紹介した「太陽嵐とユート族の神話」とよく似ていることに気づかれたことと思います。→「太陽嵐とユート族の神話」

この神話でも太陽の神「タ・ヴィ」は地下の洞窟に「逃げ戻って」しまいます。

また、日本神話でもアマテラスオオミカミ(天照大御神)が、天の岩戸に隠れてしまいます。
「弟のスサノヲノミコト(須佐之男命)が高天原で乱暴を働いた結果、天照大御神は天岩戸に隠れてしまった。
世の中は闇になり、様々な禍が発生した」とあります。→天照大神

古代には、太陽が隠れて真っ暗になったという伝説は他にもあります。ですから私が思うに、太古の昔、何らかの理由で太陽が「隠れ」、見えなくなってしまった恐ろしい時代が本当にあったのではないでしょうか?


今は夏ですから、あのぎらぎらと照りつけ、永遠に燃えるように思われる太陽が真っ暗になるなんて想像もつきませんが、もしそんなことがあるとしたら、一体いかなる理由によるものなのでしょう?・・・

そして、月も暗くなるということは、もしかすると太陽自身の光が暗くなることを意味しているのでしょうか?それとも、何らかの理由で地球の上空が塵で覆われ、太陽も月も見えなくなることを意味しているのでしょうか?

その原因はわかりませんが、太陽が暗くなってしまうなんて、考えただけでも人類にとっては相当恐ろしいことのはずです。なぜなら、その時電気が使えるのかどうかなんて定かでないし、また太陽電池さえも使えないからです。

文字どうり世界は真っ暗になって、明かりと言えばマッチやろうそく、焚き火のような自然の火しか使えなくなってしまうのかもしれません。

そして、それが長期化すれば・・・植物も育たず、雨も降らなくなれば作物もダメになってしまい、きっと食料や水にも事欠き、飢饉の日々が訪れることでしょう。

また、太陽の光がないので世界はどんどん寒冷化し、寒さで死ぬ人が出るかもしれません。
何よりも暗くなることで治安の悪化が心配です。古事記にも「世の中は闇になり、様々な禍が発生した」とあるとおり、世界は大混乱をきたすことになるのではないでしょうか。


金環日~1
                 (写真は金環日食)


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「人は何度でも生まれ変わる」・・・すなわち人は「輪廻転生する」というお話しと、世の終わりの「朽ちるものが朽ちないものを着て、神の国に生まれ変わる」というこのふたつのことが混乱を招きそうな気がしたので、少々補足させてもらいます。

「輪廻転生」とは、通常わたしたち人間が、何度も別の時代の別の人間に生まれ変わっては、色んな体験(修行)をして魂を磨いていくことをいいます。(人はふつうそれを覚えていませんが。)

聖書の方では、世の終わりのことを言っています。それは選ばれて「神の国」に入る人たちは、「朽ちないからだ」をもらって永遠に生きられるということを言っているのです。

このふたつは全く違うことがらのようですが、実は「聖書」と「輪廻転生思想」は矛盾しないのです。それはあとから説明するとして・・・。

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このふたつ、それぞれに難しい概念ですが、まずこれを理解するには「核」の部分を理解しなければなりません。

それはどういうことかというと、私たちの本質は「霊」(あるいは霊魂)であって、決して「肉体」そのものではないということです。(聖書では神も「霊」であると言っています。)

もしこの1点だけでもしっかり理解できれば、それぞれはその応用編とでもいいましょうか、それほど理解に遠いことがらでもないような気がします。

すなわち、人が死んでも霊魂はその「肉体」を脱ぎ捨ててあの世に行くだけだと考えれば、あの世に行った魂が、また別の肉体に入ってこの世に戻ってきても理論上はおかしくないはずです。

そして、世の終わりには、同じように「霊」になった人間に、「朽ちないからだ」を着せようと神様は言って下さっているのです

このように考えると私たちの本質である「霊」は、驚くべきことですが、まるで洋服を着たり脱いだりするように肉体、あるいは「からだ」を着替えられるのだということが分かります。 ( →死人のよみがえり


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前々回に書いた「聖書の中に見る次元上昇」の話のさいご、「死人の復活」について、少し補足を入れることにします。
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・・・・・しかし、ある人はいうだろう。

「どんなふうにして、死人がよみがえるのか?・・・どんな体をしてくるのか?」

おろかな人である。あなたの蒔くものは、死ななければ生かされないではないか。

またあなたの蒔くのは、やがて成るべきからだをまくのではない。

麦であっても、他の種であっても、ただの種つぶにすぎない。

ところが、神はみ心のままに、これに体をお与えになる。

すべての肉が、同じ肉なのではない。人の肉があり、獣の肉があり、鳥の肉があり、魚の肉がある。

また天に属するからだもあれば、地に属するからだもある。

天に属するものの栄光は、地に属するものの栄光と違っている。

日の栄光があり、月の栄光があり、星の栄光がある。

また、この星とあの星とのあいだに、栄光の差がある。

死人の復活も、また同様である。

朽ちるものでまかれ、朽ちないものによみがえり、卑しいものでまかれ、栄光あるものによみがえり、弱いものでまかれ、強いものによみがえり、肉の体でまかれ、霊のからだによみがえるのである。

肉のからだがあるのだから、霊のからだもあるわけである。


聖書に「最初の人アダムは生きたものとなった」と書いてあるとおりである。

しかし最後のアダム(キリストのこと)は命を与える霊となった。

最初にあったのは、霊のものではなく肉のものであって、その後に霊のものが来るのである。

第一の人は地から出て土に属し、第二の人は天から来る。

この土に属する人に、土に属している人々は等しく、この天に属する人に、天に属している人々は等しいのである。

すなわち、わたしたちは、土に属している形をとっているのと同様に、また天に属する形をとるであろう。
 




イエス・キリスト

                         
                       (第一コリント15:35~49)
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さて、今までに見てきた地球の「次元上昇」ですが、実はわたしはこの「次元上昇」という言葉には慣れていないので、あまりピンとこないというか、イメージが湧きにくいのです。

このブログを読んでくださっている方にとってもそうかもしれないので、今日は聖書の言葉ではこれをなんと言っているかについて紹介しようと思います。私には、こっちの方がわかりやすいので・・・

聖書では、世の終わりのあと、神が造った「新しい天と新しい地が来る」と言っています。



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見よ、わたしは新しい天と、新しい地とを創造する。
さきのことは覚えられることなく、
心に思い起こすことはない。

しかし、あなたがたはわたしの創造するものにより、とこしえに楽しみ、喜びを得よ。
見よ、わたしはエルサレムを造って喜びとし、その民を楽しみとする。

わたしはエルサレムを喜び、わが民を楽しむ。
泣く声と叫ぶ声は再びその中に聞こえることはない。
わずか数日で死ぬみどりごと、おのが命を満たさない老人とは、もはやその中にいない。

百歳で死ぬものも、なお若い者とせられ、百歳で死ぬものは、のろわれた罪びととされる。
彼らは家を建てて、それに住み、ぶどう畑を作って、その実を食べる。

彼らが建てるところに、ほかの人は住まず、彼らが植えるものは、ほかの人が食べない。
わが民の命は、木の命のようになり、わが選んだ民は、その手のわざを長く楽しむからである。・・・・

                      (イザヤ65:17~22 ~預言者イザヤのことば~)


あなたがたは、心を騒がせないがよい。神を信じ、またわたしを信じなさい。
私の父の家には、住まいがたくさんある。もしなかったならば、わたしはそう言っておいたであろう。

あなたがたのために、場所を用意しにいくのだから。
そして、行って、場所の用意ができたならば、また来て、あなたがたを私のところに迎えよう。
わたしのおるところにあなたがたもおらせるためである。


                     (ヨハネ14:1~3 ~イエス・キリストのことば~)


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・・・・兄弟たちよ。わたしはこのことを言っておく。

肉と血とは神の国を継ぐことができないし、朽ちるものは朽ちないものを継ぐことがない。
ここで、あなたがたに奥義を伝えよう。

わたしたちすべては、眠り続けるのではない。終わりのラッパの響きとともに、またたく間に、一瞬にして変えられる。
というのは、ラッパが響いて、死人は朽ちない者によみがえらされ、わたしたちは変えられるのである。

なぜなら、この朽ちるものは必ず朽ちないものを着、この死ぬ者は必ず死なないものを着ることになるからである。


この朽ちるものが朽ちないものを着、この死ぬ者が死なないものを着るとき、聖書に書いてある言葉が成就するのである。

「死は勝利にのまれてしまった。
死よ、おまえの勝利は、どこにあるのか。
死よ、おまえのとげは、どこにあるのか。」 




                (コリント人への第一の手紙15:50~55)
             ~使徒パウロとソステネから、コリントにある教会へ宛てた手紙~ 

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「世の終わりと次元上昇」(フラワー・オブ・ライフ抜粋よりつづき)

・・・・・・地球の磁場の崩壊が起これば、いくつかのシナリオがありえます。

磁場が反転して北極と南極が入れ替わるか、あるいはいったんゼロになってから、まったく別の場所が地軸となって再び同じ極の相対的配置に戻るかもしれません。

地球の磁場の動き方はいろいろありますが、みなさんのアセンションにはあまり関係ありません。
私たちはすでにその次元レベルにはいないのですから、この変更を直接体験することはないのです。
・・・・・・


シフトが起きる前

シフト前の段階はたいてい3か月から2年間ぐらい続きます。

多くは地磁気が人々を狂気に駆り立てることが引き金となり、世界の社会制度に破たんを招くのです。
株は大暴落し、政府は機能しなくなります。戒厳令が敷かれますが、軍隊も同じ擾乱のなかにあるため何の効力もありません。
続いて食糧不足や物資不足が起こり、打つ手はないでしょう。その上大半の人々が恐怖で被害妄想に陥り、みずから命を絶とうとします。地球上のどこにも安全な場所はなくなるでしょう。

しかしながら、霊的な宇宙の同胞たちからの莫大な援助と、私たち自身が達成した劇的な意識の変容のおかげで、人類はこの激烈な時期を通らないか、もし通ったとしてもきわめて瞬時ですむという素晴らしいチャンスもあります。

実際、次に述べる5、6時間の出来事を除いて何一つ前兆がなかったとしても、私は驚かないでしょう。

たとえば物理的にこの時に備えるために、地下に穴を掘って2年分の食糧や物資を備えたとしましょう。しかしその地下壕に隠れていても、いざ次元シフトが始まれば、再びそこから出てくることはありません。

シフトは私たちを地球の意識の新次元に送り込むのですから、私たちの日常生活であった3次元の場所は存在しなくなります。

ひとたび次元シフトが始まれば3次元世界は過ぎ去ってしまうため、穴の中に食料や物資をため込んで、すべてが終わったら穴から這い出してきて普段の生活に戻るなどということはありえないのです。
 

アメリカではたくさんの人がY2Kの問題に備えて同じような行動を取りました。それが悪いというのではありませんが、何ら救いにならないことは理解しておく必要があります。

より高次元レベルにおいては、物理的な準備は役に立たないのです。うまくいくかどうかは、その人のスピリチュアルな気づきと、大部分はその人の人格にかかっています。




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今日は、過去記事の中で書いたことについて、説明不足だった部分についてちょっぴり補足することにします。

「これまでのまとめ」

の中で「スピリチュアルから得られる情報との違い」についてちょっと触れましたが、それがどのようなソースからのものなのか、ということについて触れてみようと思います。

「世の終わり」ということについて、主に物質的な面から考えてきたのが今までの記事だったように思うのですが、これを少し精神的な側面から考えてみようと思いました。

「世の終わり」というと、いかにも悲壮な感じがしますが、これの「輝かしい」面については私は理解が足りていないのではないかと思ったので、スピリチュアル書を読んでみました。
(ちなみにスピリチュアルではこの「アセンション」という事件を、人類の「次元上昇」という意味で前向きに捉えている人も多いようです。)

それは以前の記事「トーラスとベクトル平衡体」でもちょっと触れたコアなスピリチュアル書「フラワー・オブ・ライフ」の下巻( こちら) の最後に書かれている「次元のシフト」という章でした。

この本、超難解な本にもかかわらずお私は途中からしか読んでいないし、とても理解できたとは言い難いので、その時は引用しませんでした。でも、この本を読むことによって私自身怖れからだいぶ解放されたし、真の科学と次元についての情報は矛盾しないはずだと思っているので、あえて引用してみることにします。 
 
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大いなる変化

世界中の多くの予言者や先住民族が、地球と人類に「大いなる変化」が訪れることを予見しています。

その変化とは、究極的・本質的にはキリスト意識すなわち融合意識(一体意識)への変容による、惑星全体の新たな存在レベルへの次元のシフト(移行)だと私たちは見ています。 

この変化に伴う次元シフトの本質を知り、変化の中でバランスを取るために今地上で活用できる知恵を見出していきたいと思います。

次元シフトというのは、惑星などの天体が今の次元から別の次元へと移行することです。私たちの場合いは3次元から4次元への移行です。地球全体とそこに存在する全員がこの別次元への転換を体験するのです。

アメリカ先住民族の人々は、人間は「清めの日」に先立って変化を迎え、4番目の世界から5番目の世界へ移ると信じています。数字が違うのは、彼らが「虚空」(ヴォイド)を1つの世界と見なし、それを勘定に入れているからで、彼らのいう4番目の世界とメルキゼデク(この本の著者)の3次元は同じものです。


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最初のきざし

次元シフトの最初の兆候は、地球の磁場の急速な弱体化です。
科学では、それがイエス・キリストの出現した時代つまり2000年前から弱まり続けていることがわかっています。

ここ500年の間に、地球の磁場は劇的に減衰してしまいました。次元シフトが近づくと地球の磁場は狂いだしますが、それがすでに始まっているのです。

世界各地の空港で、自動計器用の航空地図において北を示す磁針方位修正システムの変更を余儀なくされました。ここ30年間、磁場にはきわめて特異な変化が確認されています。

渡り鳥は通常の地域に向かいません。
鳥たちは渡りの帰巣ルートに磁力線を使いますが、その磁力線が劇的に変わってしまったのです。

クジラやイルカが陸地に打ち上げられるという事件も同じ原因と考えられます。彼らも磁力線を使って回遊しているからです。これまで常に海岸線に沿って走っていた磁力線の多くが、今では内陸に移動しています。

そのためそれらを伝って遊泳していた海洋哺乳類は、陸地に衝突したり打ち上げられたりしてしまうのです。
最終的に地球の磁場はたぶん急激に崩壊し、ゼロにまで落ち込むでしょう。これは地球史ではなんどもあったことなのです。・・・・・・

    「次元上昇の過程」へつづく




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この辺で、少しばかりケイシーの予言を取り入れても良さそうな気がしてきたので、今日はこれについて抜粋してみようと思います。
「眠れる予者」と言われるエドガー・ケイシーは、医療、健康などためになる多くのリーディングを残しましたが、地球に起こりうる大変動についても予言を残しました。

ケイシーの言葉は、科学的であり、鋭い知性を感じるものですが、この大変動の原因をこのように述べています。

・・・・なぜなら、一つの、またいくつかの面での時節および中断の時期が来ているからであり、また再調整の時期が始まるからである。」

・・・また極軸が移動し、そのため地球の中心において大変動が気づかれずに始まった年として、1936年を取り上げた。

「・・・しかしながらそれは、外部の力から生じる破壊が地球に訪れる1936年以前には生じないだろう。

その破壊は、宇宙空間における地球自身の平衡状態が移動したことから生じ、当然その結果として地球の種々の部分に影響が現れよう。」

「1936年の大変動は、どんなタイプでどの程度のものでしょうか」

「戦争、地球の内部の変動、および、極点を結ぶ軸の変化による地球の転移である。

しかし1936年というのは「地球内部で始まる変化」について述べたもののようで、実際に地表において変化が表れるまでには時間的に何十年もギャップがあるようだ。

「最初の変化は、まず地球内部の地殻で始まり、それは次第に蓄積され、ついには両極の現実の移動をもたらす原因となる」という。
             
そしてケイシーは、しばしば大変動の始まる時期を明確にするよう尋ねられたがヒント以上のことはめったに与えず、例外として、地軸の傾きが世界中に感じられるようになる決定的時期として1958~1998年を時として述べるだけであった。                           

 (超人ケイシーの秘密より) 



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前回の記事のつづきで→「混沌を防ぐ」・・・ピラミッド・テキストに秘められた思想

この「マアト(マート)」とは何か ・・ということに関して、もう少し掘り下げてみたいと思います。

マートは羽の絵で表され、オシリスの死者の裁判の場で、死者の心臓を天秤にかけて計量する際に、使われることが知られています。

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(中央の天秤のところに坐している黒い犬の頭を持つ神がアヌビス神で、天秤の右側にマアトの羽、左側に死者の心臓をのせて重さを量っているところ。上段に座る神々のうち、右から二番目がオシリス神
アヌビス神の右に立っているトキの頭の神はトト神で、この結果を記録した。その後ろには怪物のアミメトが死者の心臓を狙って待っている。)
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・・・数々の困難を呪文の力で乗り越えた死者は、ここで最大の試練に立ち向かうことになる。

 神々が列席する中、オシリス神の前で行われる死者の裁判で、自分の生前の行いが神々の意にかなうものであるか否かがはかられるのだ。 
ここでの結審の具合で、死者の運命が大きく変わるから大変である。・・・・・・


神々たちに守られた門を通り過ぎた死者は、最初の場面で、とうとう「二つの真理の間」に足を踏み入れる。

一枚のとびらを隔てた向こうに広がる空間、ここがオシリス神を裁判長に四十二柱の神々が居並ぶ、死者のための「裁判の間」だ。

この広間の名前「二つの真理」とは、「真理・真実・正義・秩序」をあらわす古代エジプト語の「マアト」から派生したことばで、「完全な真理」を意味した。

そこは文字どうり真実を伝える者だけが受け入れられる空間だった。


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・・・第二の場面では、死者は42柱の神々の待つ広間に足を踏み入れる。 
ここで死者はまず自分の身の潔白を証明しなければならなかった。


裁判の間に控えるすべての神々が彼の罪を暴こうとするなか、彼はただひとりで証言台に立つのだ。 
・・・告白の内容は、全部で42項目にも及んだ。

「盗みを働いたことはありません」とか「人を殺したことはありません」といった犯罪にかかわる内容から、「嘘をついたことはありません」「立ち聞きしたことはありません」「不倫を犯したことはありません」というような倫理的なもの、果ては「神を冒涜したことはありません」といったものまで、現代に生きる私たちも、わが身を振り返るとひとつや二つは思い当たるような数々の罪が並べられていた。・・・・・・

長い否定告白の後は、オシリスと42柱の神々によって、その告白が正しいか否かが審議される。

死者にとって最も不安な瞬間は、現世をともに生きてきた自らの「心臓」の証言であった。だから、神々の前で自分の心臓に不利な証言をさせないための呪文も用意されていた。

死者の前には、巨大な天秤が据えられ、ジャッカル(山犬)の頭を持つアヌビス神が、わずかな傾きも見逃すまいとするかのようにおもりのバランスを気遣い、目盛に見入っている。

片方の天秤皿の上には真理を象徴する「羽根」、あるいは「マアト女神自身」がのせられ、もう一方の天秤皿には死者の「心臓」そのものが置かれた。

天秤がわずかでも傾けば、死者がえんえんと述べてきた現生での生活ぶりは、すべて虚偽であると神々によって断定されたことになる。

もし死者の言葉が否定されたなら、天秤のかたわらで舌なめずりして待つアミメトに死者の心臓はむさぼり食われた。(頭はワニ、肩から前足にかけてはライオン、後ろ足はカバの姿をした恐ろしい怪物)
こいつに心臓を食われた者は、二度目の死を体験することになるのだ。

それでは、第二の死を運命ずけられた者はどうなってしまうのだろうか。
彼らは、あの世の暗黒を照らす太陽神の光も届かない深い深い闇の中で、永遠にもがき苦しむのだった。


                      (図説エジプトの「死者の書」(河出書房新社)より抜粋) 



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