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古代のことがらを学ぶことによって、現代の指針とすることができるのではないかと思っています。

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以下はグラハム・ハンコック『創世の守護神』上巻より抜粋(p.174~)

・・・・・・もっとも古く謎に満ちているのが 『 ピラミッド・テキスト』 だ。紀元前2000年代の後半に、さらに古い資料から書き写され、集大成されたものである。

これらの注目すべき記録は、ギザから16キロ南、サッカラに存在する第5王朝と第6王朝の王墓の壁に、みごとなヒエログリフ(絵文字)で彫刻されている。大ピラミッドと大スフィンクスの秘密を解明する鍵は、ここに潜んでいる。
著者注…ここでハンコックが言っているピラミッドテキストとは、主に前記事で引用した第5王朝のウナス王のピラミッドにあったテキストのことを言っていると思われる)

ウナス王のピラミッドテキスト

過去百年の間に、さらに多くのテキストが現代語に翻訳され、研究対象となった。学者たちの大多数は、複雑な天文学的記述やシンボル、寓話や比喩がそこに含まれていると認めている。

だが、天文学的な側面こそが、テキストの本質だと見なしている学者は非常に少ない。
この少数派に含まれるのは、第4章で取り上げた故ジョルジョ・デ・サンティラーナとハーサ・フォン・デヒェントだ。

彼らの論文『ハムレットの臼 』の中には、死んだファラオの魂は天空を旅すると考えられていた、とある。

サンティラーナとデヒェントは、学者の翻訳したものの多くが、あまりにも不適切だと嘆いている。
それらの翻訳が、テキストの天文学的側面を、まったく意味がないかのように扱っているというのだ。

死者の書には、魂を天界に導くための指示が書かれている。だが、神秘的な話に翻訳され、神聖だけれども迷信的な儀式と見なされてしまっている。

現代の翻訳者は、あまりにも自分の考えに固執して、黄泉の国は天空ではなく地球内部にあると思い込んでいる。
370語もの天文学の専門用語が出てきても、彼らは態度を変えようとしない。


・・・・・・つまり、古代エジプト人にとって、ドゥアトは東の地平線上にあるあいまいで空虚なバラ色の領域ではなかったはずだ。天空にはっきりとした場所を持っていた……

不動のまま、おお、オシリス王=オリオンよ、空の下側で美しい星=シリウスとともに「うねる水の道」の曲がり角に、いてください・・・・・・

「水の道に」行きなさい・・・・・・

オリオンがあるドゥアトへの階段が用意されますように・・・・・・

おお王よ、あなたはこの偉大な星でオリオンの仲間、オリオンとともに天空を旅する。

オシリスとともにドゥアトの中を進む・・・・・・


・・・・・・・・・エジプトの過去と未来の王であるオシリスが死んでから、永遠の生命を得て、天空のオリオン座の領域の支配者として復活したときにも、この儀式が行われている。・・・この領域はドゥアトとして知られていた。

エジプトのファラオたちは、死後もここで永遠の生を得ることを望んでいたのだ。



DSCF7092.jpg

(p.140~)
あなたのために地上の門が開かれています・・・・・・

「ドゥアト」への階段が準備されますように、そこはオリオンのいる場所です・・・・・・

おお王よ・・・・・・空はあなたをオリオンに宿します・・・・・・

空はオリオンとともにあなたに伴います・・・・・・

おお王よ、生きる星のような魂とおなりください・・・・・・


地上の神の門が開かれています・・・・・・

天空に移動し鉄の玉座にお座りください・・・・・・

天空の入り口、窓があなたのために開いています・・・・・・

星のきらめく空の鉄の扉は、私のために大きく開かれている、私はそこを通り抜けていく・・・・・・



これらの言葉をそのまま受け取り、基本的な共通項を拾ってみよう。

そこに見えてくるのは、鉄製の「星の門」であり、この門をオシリスが通り、また王朝時代のすべての王が死後その後に続き、天空のオリオン座の領域に入っていったことだ。


(以上抜粋、以下は前回の漫画より)



ひとみ02-3

ひとみ02-4トリミング



ひとみ03-1_2bs

*上の場面で天空を昇っていくのは「ファラオの棺」のように見えますが、これは物質的な棺や王の遺体そのものではなく、ファラオのバー(魂)であったようなので補足しておきます。

この前生を見た何年か後に、これがなんであったのかを確認したくて信頼していたヒーラーさんにチャネリングをお願いしたのですが、それによって得た情報によると、ファラオはピラミッドの地下での儀式(口開けの儀式など)によってカーとバーと肉体(遺体)の三つに分かれた、ということでした。

そしてカーは遺体と共にとどまり、バーだけが天に飛翔したということです。(王の遺体(=ミイラ)はいったん舟で流されてきたが、儀式が終わると他へ移されて埋葬されたということです。)

基本的には、ピラミッドは意識だけが上へ昇るための施設で、死者が入れるのは地下まで、ということでした。

一方、女の人(私の前生)の方はどうだったのか、というのはよくわからないのですが、この前世には私の死の場面は出てきませんでしたので、あるいは王の間の石棺から(私が見た暗い部屋を、そうではないかと思ったので)肉体のまま変容して上昇することができたのか、本当に不思議としか言いようがありません。

とりあえず、私の目的は見たままををブログにアップすることだったので、そのようにさせてもらいました。

正直、これを見た直後はここがエジプトのどこであるかもよく分からなかったのですが、チャネリングを受けた時にここがギザの大ピラミッドであったと言われ、その後自分でも色々調べた結果そのように確信することができたので、このようにブログに綴らせてもらいました。

(なお、タイムリーにもこの漫画に文字を入れてくださる方が現れたおかげで、見苦しくない形でブログに掲載できて感謝しております。)

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関連記事…「太陽の船」「東から西」へ、そして「西から東」へギザとアンコールとの不思議な関係

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また久しぶりの更新です。漫画の続きを待ってくださっている方々には、お待たせしてしまって大変申し訳ありません。まだしばらくかかりそうですが、年内には終わりまで載せたいと思っていますのでどうぞよろしくお願いします。

代わりといってはなんですが、古代エジプトの葬送儀礼についてコピーしておいたものがあるので、その中から重要なところを抜粋して載せてみたいと思います。

クフ王が亡くなった時からの死後の旅路について書かれてあり、古代エジプトの王が亡くなった後、どのような行程を経て来世への道筋をたどっていったのかを推測する助けになると考えられます。


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図説「大ピラミッドのすべて」(ケヴィン・ジャクソン、ジョナサン・スタンプ著、2004年第一版)より

遺体の処理(p.138~) 

エリート層に属する人々の場合、遺体の処理は川を渡るという重要な象徴的儀式を経る前に行われるのが通例だった。

時代が進むにつれて、死から埋葬までの期間は70日に定められるようになったが、古王国時代にはもっと長かったようで、第四王朝の王妃メルサンク三世の例をとると、実に272日の長さに及んだ。

そうなると、クフの遺体は葬儀のずっと前になんらかの処置が施された可能性があるが、実際に処置が施されたのは川を渡る儀式のあとだったことをほのめかす証拠がある。

そこで、クフが崩御した直後の彼の住まい(おそらくメンフィスにある王宮)から話を始めることにしよう。

船旅

クフが死去したのが、本来の住まいであるメンフィスの王宮であったかどうかはわかっていない。 

クフがナイル川の東岸で死亡したとするなら、その臣下の多くと同様にナイル川を渡る必要があったことになる。・・・・・・。


       img08.jpg
    〈 葬送用模型船 〉 中王国第12~13王朝(前1976~前1646年頃)
エジプトにおける最も重要で唯一の交通の手段は船であった。この模型船は、魔法の力で、アビュドスにあるオシリス神の聖地へと死者を運ぶ船である。(写真は こちらよりお借りしました)



葬儀船がピラミッドの近くの港に接岸すると、王の遺体は「天空の扉」と呼ばれる建造物の正面に降ろされる。

遺体がミイラ職人によって処置を施されているなら、ピラミッドへ向かってそのまま進んで行ける。

もし処置を施されていなければ、不浄のままネクロポリス(死者の町)に入ることは許されないため、イブ・エン・ワァブと呼ばれる「清めのテント」に運ばれる。・・・・・・。

イブとワァベトの中で何が行われたかは明らかになっている。遺体を解体し、完全に乾燥させたのである。

・・・・・・もっとも無理のない解釈としては、脳やその他の内臓はイブで取り除かれ、残りの遺体はワァベトへ運ばれて、70日間かけて乾燥されたのではないかと思われる。


      img07.jpg
〈ウアフイブラーのカノポス容器〉
末期王朝時代、第26王朝(前664~前525年頃)容器には、ミイラ作りの際に摘出された内臓が納められていた。
イムセティ神は人間の姿で肝臓を、ハピ神はヒヒの姿で肺を、そしてドゥアムウトエフ神はジャッカルの姿で胃を、ケベフセヌウエフ神はハヤブサの姿で腸をそれぞれ守っていた。



内臓の摘出と乾燥が無事終わると、遺体は雄牛が引くそりに乗せられ、墳墓のある西へと向かった。

その荘厳な葬列には、一人または二人の鳶(トビ…泣き女のことと考えられる)と神官たちが加わり、大量の貴重品を携えた男性があとにつづいた。

貴重品とは、ふつうに死後の世界に必要とされる品々だったが、その規模はこの上なく壮大で、食料、油、衣服などの必需品のほかに、道具類や武器も含まれていただろう。

そりを引いた雄牛も葬列が終わると生贄(いけにえ)にされ、その大量の肉は死者に捧げる食料のなかに加えられたのかもしれない。

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 古代エジプトの壁画に描かれた葬列


死後の世界に欠かせないもの (p.134~)

古代エジプトの死に関係した慣習のうちで特質として三つ目に挙げられるものは、葬儀と葬祭儀礼の双方に理論体系を与える一連の信仰である。

墓地は西にあったため、遺体を埋葬所に運ぶには、しばしばナイル川を船で渡る必要があった。

しかし、ナイル川を東から西に渡るという行為は、現実的な必要にせまられただけでなく、生から死への旅立ちという象徴的な意味合いも含んでいた。

遺体を乗せた船か、そのすぐ後ろの随行の船には、故人の若かりしときの姿を模した彫像(カーの像)が乗せられていた。

本物の遺体が損なわれた場合にも、この彫像が来世において肉体の代わりを果たすと考えられたのである。

         ka.jpg
ホル王の等身大のカー像 (木製)
前1780年頃に製作されたもので、ダハシュールの墳墓で発見された。
(写真はhttp://www.wikiwand.com/ja/紀元前18世紀より)


……しかしながら、エジプトにおける葬儀の慣習の中で、もっとも際立ったものをひとつ挙げるとしたら、それは埋葬そのものが終わったのちに始まるものだろう。

現代でも、喪に服する期間をもうけたり、死者の命日に祭事を執り行ったりする文化圏はほかにもあるが、古代エジプトの場合、死者に対する義務は、そのように周期的な祭事を行うよりも、はるかに重いものだった。

死者が来世へと旅立ったあとも、数か月、数年、いや数世紀にもわたって、絶えず供物を捧げなければならなかったのである。

食料を定期的に墳墓もしくは礼拝堂にもっていき、その効力を確実にするために食料の名称を声に出して言わねばならなかった。

礼拝堂での儀式については、神官階層の者(カーの従者)たちが万事ぬかりなく継続していった。

死者がまだ存命中に、そのような儀式を何世代にもわたって継続していくことを神官に約束させるのである。

王の場合、このような祭事は壮大な規模で行われた。

アブ・シールにある第五王朝の王ネフェリルカラー・カカイの神殿を調べると、30人ほどの常勤の人々が、死者に食料を運んだり、儀式を執り行ったり、また料理人、建設業者、運搬人、洗濯係としての奉仕を行っていたことがわかる。

(死者が食料を「口にする」行為は人間には見えないため、労働者たちは一日が終わると、供物を自分の家族のもとに持ってかえることが許されていたようである)

ネフェリルカラー・カカイの神殿で行われた奉仕は、200年以上、あるいはもっと長期にわたって継続されたらしい。


墳墓での儀式

……最初に祈願について説明しよう。

ここでいう祈願は「声に応じて出現する」儀式のことで、奉献したばかりの供物、ならびに今後奉献することになる供物を食べるように亡くなった王を呼び出すことを目的としている(一部の葬祭テキストには、儀式のこの段階で雄牛が生贄にされたと記してある。)

次に行われたのは「口開けの儀式」で、王が死後の世界においても呼吸をし、食べ、口がきけるようにするために呪文を唱えるというのがその主眼である。


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口開けの儀式のようす

……この葬列の最後まで、王に付き添った者の数はどれくらいだったのだろうか。第六王朝のテキストには、80人の者が玄室に入るのを「許された」と明記してあるが、全員が同時に列席したかどうかは記されていない。

……王の亡骸(なきがら)はゆっくりと赤色花崗岩の石棺に下ろされ、儀式が執り行われた。

……クフの葬儀に関しては、わたしたち現代人の知識は断片的なものにすぎない。

その知識は、クフの遺跡そのものに残された物的証拠やその他の墳墓で収集した情報にもとずいた憶測に限られている。

現在までに発見された墳墓の装飾で、クフやその他の王の葬儀の様子を表したものはひとつもない。

細かな情報源としては、当時の高官の埋葬方法に関する記録のほかに、王に対する古代エジプトの教義やその他の儀礼慣習の一部について明らかにしたテキストがあるのみである。

こうした情報源のなかでも、とりわけ重要なのがいわゆるピラミッド・テキストで、この資料はエミールとハインリヒのブルクシュ兄弟によって発見された。……

現在ではピラミッド・テキストは、エジプトの非常に古い宗教書からの抜粋であることがわかっており、その主題は王の永遠の生である。


(p.145~)

それでは、来生において王はどうなると考えられていたのだろうか。この問いに答えるためには、クフの葬儀と墳墓について、エジプトの宗教を背景にした幅広い検証が必要になってくる。

……すでに述べたように、わたしたち現代人がピラミッドに対する理解を深めるには、ピラミッドを死者のための機械ととらえるのがひとつの有益な方法だろう。機械という比喩は実質的な意味合いにおいて当を得ている。

・・・しかし、この「機械」という比喩は厳密に精神的な(スピリチュアルな?)意味合いにおいても、当を得ているのである。
たとえば、「王の間」から重要な星の方角に向かって伸びた奇妙な細い斜坑を思い出してほしい。

さらに「機械」という比喩は、ピラミッドそのものから、王の葬儀にまで拡大することができる。
ピラミッドの仕組みを全体としてとらえようとすると、王の葬儀は本質的に、その重要な部分を占めているのである。

(p.148~)

ピラミッドの構造は、この重要な機能を象徴的に表しているか、そのような機能を実際に果たすために設計されたか…おそらくはその両方…であることが、ますますはっきりしてきたように思われる。

・・・正確な事実がどうあれ、ピラミッド・テキストのおかげで、核心部分については確信をもって語ることができる。
それは、王が星の世界へと昇っていったということである。

これによって、「王の間」からひとつはオリオン座の方角に、もうひとつは周極星の方角に伸びた不思議な細い斜坑の役割がなんであったかを説明できるだろう。

あの二本の斜坑は、比喩的な意味でも文字通りの意味でも、クフが「不滅の者たち」の仲間に加わり、星となるための通路だったのである。


      sakkara10.jpg
ウナス王のピラミッドの玄室内部。 天井には満天の星空が描かれている。


ウナス王のピラミッドテキスト
上と同じくウナス王の玄室内部。壁には王の来世の復活と繁栄を願う祈祷文の浮き彫り(ピラミッドテキスト)がびっしり施されているが、ここのピラミッドテキストは世界最古のものだといわれている。


(以上抜粋、写真などの挿入は筆者による。


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ピラミッドに関する目新しい発見を久々に目にしたので、とりあえず覚え書きとして貼っておきます。

電気・磁気などについては実は私はその違いがよくわからないほど疎いので、ここに書かれていることの意味がよくはわからないのですが、それでも

「王の間などの重要な部屋に電磁波が集中する構造になっている」

と聞いて、驚くとともにやっぱりか・・・と、ちょっとだけ納得するところもあり、これまで私がピラミッドについて書いてきたことに少しだけ科学的裏付けをもらえたような気がしてホッとしました。


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(https://gigazine.net/news/20180804-pyramid-giza-focus-electromagnetic-energy/ より)
2018年08月04日 18時00分
サイエンス
「ギザの大ピラミッド」は内部の部屋に電磁エネルギーを集められる構造になっていることが判明


  00_m.jpg

By Aleksey Gureev

国際的な研究チームがエジプトのギザの大ピラミッドの物理的特性を解析した結果から、ピラミッドは電磁エネルギーを内部で共鳴させていくつかの部屋に集中させることが可能な構造になっていることが明らかにされました。ピラミッドということで非常にスケールの大きな発見なのですが、実際にはこの成果はナノ粒子の分野にも新たな発見を見いだすことにつながる可能性があります。

Electromagnetic properties of the Great Pyramid: First multipole resonances and energy concentration
Journal of Applied Physics: Vol 124, No 3

Study reveals the Great Pyramid of Giza can focus electromagnetic energy

この研究は、ロシア・サンクトペテルブルク情報技術・機械・光学大学(ITMO大学)などの科学者チームによって進められたもの。古代エジプトのクフ王によって建設が行われ、世界の七不思議の中で唯一現存するギザの大ピラミッドは非常に多くの謎に包まれたままの建造物ですが、研究チームはその構造に新たな隠された効果があることを解き明かしています。

ピラミッドは底辺の長さが一辺230メートル以上もある巨大な建造物で、ビッシリと石灰岩が積み上げられています。そのため、内部の構造はまだ完全には解明されていません。そこで研究チームは、ピラミッドの物理的特性を計算するにあたり「ピラミッドにはまだ発見されていない未知の部屋は存在しない」と「石灰岩が均等に積み上げられている」という前提に基づいて計算を行っています。

10_m.png

研究チームは、これらの前提のもとでピラミッドのモデルを作成し、数値モデリングを用いてピラミッドの電磁波特性を調査しました。研究チームはまず、「ピラミッド内の共振は波長が200~600メートルの電磁波(約1.5GHz~500KHz)によって誘導される」と仮定をたて、次にピラミッドの電磁応答のモデルを作成して消滅断面積を計算することで建造物内部のどの場所で電磁波が錯乱または吸収されるのかを見いだし、ピラミッド内部で電磁波がどのような挙動を見せるのかを数値的に導き出しました。


  03_m.png


その結果、電磁波のエネルギーはピラミッド内部にある空間「王の間」「女王の間」そして「未完の地下室」の領域に集中することが判明しました。王の間と女王の間はピラミッドの中でも重要な空間であり、そこに電磁波が集中する構造になっているというのは実に興味深い結果といえます。さらに、それらと並んで電磁波が集まる場所に存在する「未完の地下室」が持つ意味がどのようなものなのか、そちらにも関心が引かれる所です。


  04_m.png


しかし研究チームの論点は「ピラミッド内部の電磁波」ではなく、ナノメートルの世界でこのピラミッド構造がもたらす効果にある模様。電磁波を集中させる構造をもつナノ構造物を作成することで、より効率的なセンサーや効率の高い太陽光発電パネルの実現などに応用できると研究チームは考えているとのことです。


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補足:

続きを読む »
(7/6、 タイトルを「スフィンクスの地下トンネル」に変更しました。また、前々回の記事『マンガ「創世の守護神」より』の後にツタンカーメンの黄金のマスクなどの写真を複数追加させていただきました。
また、(ロスタウ=ピラミッドのこと)と最初は書きましたが、厳密にはイコールではないので、代わりにロスタウについて詳しく書いてある記事にリンクを貼りました。)


「創世の守護神 下」 p.14~ 抜粋

ホルス=王は、ナイルの東岸、王宮の近くに立っている。
儀式を終えると、王は大きな「太陽船」に乗り込む。( 参考… 「ナイル川の不思議」 )

1954年、大ピラミッドの南面の立坑から発見された船は、恐らくこれだろう。(参考…
「太陽の船」

ギザの西岸、ギザ台地の下に向けて船は運航する。
王は船から降りると、スフィンクス神殿を昇り、巨大な彫像の前脚の間に進んで、胸の前に立つ。

20170716181007.jpg


王はこの時点で、ロスタウの入り口にいることになる。(ロスタウについては 「太陽神の夜の旅」 参照 )
そして、オシリスの死後の世界の王国で、もっとも聖なるドゥアトの第五層に入ることになる。

王には、ロスタウに到達するのに二つの選択肢がある。
一つは「陸路」で、もう一つは「水路」だ。

ドイツの高名な言語学者アドルフ・エルマンは次のように説明している。

聖なるロスタウの死者の領域に入る者には、来生の地図から見て、二つの道があった。

聖なる地には水路からも行けたし、陸路からも行けた。いずれもジグザグの道で、旅人は道を変えることはできない。・・・・・・

同p.17~

おお、ホルスよ。王は(お前の父は)オシリスだ。
王のピラミッドはオシリスのものだ。
この建造物はオシリスのものだ。
そこに行きなさい・・・・・・

同 p・19~

それでは、もうひとつの道はどこにあるのだろう・・・「水を通る道」のほうだ。
『ドゥアトにあるものの書』を見れば、重要な手掛かりがつかめるかもしれない。

この不可解で神秘的なテキストには、秘密の閉ざされた部屋「ソカルの王国」(ソカル=オシリス)が
描かれている。

そこはドゥアトの第五層でもある。
水が溢れるトンネルが描かれ、大きなスフィンクスの前脚の下を流れている。
(筆者注: 右側のスフィンクスらしき像の下にある波線は、「水」を表す象形文字。)
img11_20180630125925d41.jpg
             デゥアト第五層の図(左上のピラミッドは除く)



第一部で見たように、1990年代に大スフィンクス周辺を調査をした地質学者たちは、スフィンクスの前脚の下の岩盤に、大きな四角い部屋や「異形」を発見している。

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Great-Sphinx-Tunnels 1

(写真は Ancient History Hidden Chambers Beneath The Sphinx: Rare Images Show How To Access The Sphinx より。)


さらに興味深いことに、スフィンクスの遥か下に、地下水面があることもよく知られている。……


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p.20~ トンネル

フランスの著名な工学者ジャン・ケリゼル博士が、大ピラミッドの地下の間を研究したことは読者も覚えておられるだろう。

ケリゼル博士は、さらに地質学的調査を進め、スフィンクスは大ピラミッドに達する長さ700メートルのトンネルの入り口の上に立っていると結論づけた。

このトンネルは一時期、水で満たされていたか、あるいはその一部に水が満ちていたという。
もしかすると、このトンネルが別の「道」ではないだろうか?

・・・・・・・そう考えると、何らかの地下ルートが存在し、スフィンクスから秘密裏に、ピラミッドの内部通路や部屋に行けるのではないかと思えてくる。


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( 以上、「創世の守護神」 下巻より抜粋、写真や図の挿入は筆者による )



関連記事・・・ピラミッドから放出されるエネルギーと テスラ の「 世界システム 」、 「シャフトの終端にあった金属」ほか


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さて、大変お待たせいたしました。昨年の5月にのせた後、体調などの理由で途中になっていた古代エジプトのマンガの続きを載せます。これは私自身がヒプノセラピーなどの催眠状態で見た、自分の前生を描いたものでフィクションではありません。

振り返ると古代エジプトへの探求心も、自分が見たものがいったいなんだったんだろう?という素朴な疑問からスタートしました。
ですから、なるべく私が見たもの(感じたもの)を忠実に再現するよう努めました。

なお、漫画の続きを楽しみにしていただいていた方には、いつ続きを載せるのかお知らせもせず、大変失礼いたしました。

前回までの話をお忘れの方は、こちらを先に見ていただけるといいかと思います。

古代エジプトの前生(漫画の続き)

(ブルーの帯の下にある 「カテゴリー:古代エジプトの前世」 をクリックしていただけると、このカテゴリの記事をまとめてお読みいただけます。)

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漫画は下へスクロール
      ↓
















マンガ1トリミング2



ひとみ02-2bトリミング
ひとみ02-3トリミング


ひとみ02-4トリミング


ひとみ02-5トリミング

(つづく)





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古代エジプトは生命の不滅を求めていた・・・


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古代の科学の全知識をかたむけて「生命の再生」にそそいでいた・・・


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死んだあともカー(霊魂)は


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再びもとの肉体へ還って甦(よみがえ)ると確信していた・・・


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命の再生のためには 死者の肉体を長く保存しておかなくては
霊魂がもどったとき 困ることになる
古代エジプト人は「うるわしの部屋」で 死者をミイラにして 腐敗防止をほどこした


DSCF7178.jpg
遺体より腸・胃・肝臓・肺・脳髄など心臓以外の内臓器官を取り出して・・・
ソーダー石粉で乾燥させ、亜麻布で巻いて「カノポスの壺」に入れて保護した
再生するまでに他人によってまじないをかけられ 勝手に動くことを恐れたのだ


DSCF7180.jpg
遺体は洗浄し、香料と没薬を入れ 亜麻布の詰め物をし 縫い合わせて
ナトロン(天然の炭酸ナトリウム)で乾燥させ しばらく塩漬けにして洗い落としたのち・・・

ミイラのそばに立つジャッカル(山犬)の頭部をもつ人物は「アヌビス神」と呼ばれ
ミイラ製作儀式の監督であり 死者の守護神とされている


DSCF7174.jpg
さて防腐をほどこされ亜麻布の包帯でグルグル巻きになったミイラは
来生への旅に困らないようにスリッパを所持し


DSCF7054_20180609153540203.jpg
墓地の守護神アヌビス神が描かれた冥土への通行札をつけられる
描かれたアヌビス神の手には「生命」の意味であり 生命力の象徴的護符の「アンク」をもっている・・・
さらに身元証明の標識札を持ち ミイラの心臓部に
太陽を持ち上げるほど力強いタマオシコガネの姿を刻んだ「スカラベ」の護符を置き 再生の活力を願う



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すべては作法通り完璧に儀式を行った証明として ホルス神の「ウジャートの眼」のペンダントを装着して
ミイラに人型棺がかぶせられる


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そのマスク部分は故人の生きていた頃の面影に似せて 肖像が彫られ・・・顔料で彩色されるが・・・
高貴の身分であれば 全面に金箔(きんぱく)を張り


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かぶり物の「ネメス」の頭飾りは純金で作られている
金こそ純粋にして 永遠に変容することがない 古代エジプトは金の普遍性に生命の不滅の神性を見ていた


DSCF7063.jpg
さて・・・いよいよミイラは人型棺を三重にかぶせられ 木や石でできた本棺に納められる・・・
この時 パピルスでできた巻物「死者の書」も遺体とともに納める


DSCF7067.jpg
棺(ひつぎ)を葬送の船に乗せ・・・
その船をさらに牛が引くソリに乗せて・・・運び


DSCF7171.jpg
マスタバ(永遠の家) レンガ造りの墓地に向かう
(ピラミッド周辺のマスタバ)


       ( 以上、「完全コミック版」創世の守護神 3より抜粋させていただきました。)
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 スカラベの装飾品


ツタンカーメンの黄金のマスク
  ツタンカーメンの黄金のマスク

f0dca2e88cca5471a5d550eb9b03a08d.jpg   



ツタンカーメンの第二の棺
 ツタンカーメンの第2(真ん中)の棺


ツタンカーメン第3の棺
ツタンカーメンの第3の棺 (一番内側の黄金の棺。黄金を打ち出したもので、110.4kgの重量を持つとのこと。)
( 上記写真のうち3点は こちらよりお借りしました。)



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  ツタンカーメンの棺を入れる第1の厨子




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  ツタンカーメン王の玄室の東壁面

東壁面には、横に寝かされたツタンカーメン王のミイラが厨子の中に安置された場面が描かれた。
前後にはネフティスとイシスの二柱の女神を備え、ウェプワウェト神を先頭に置いている。

ミイラの上には、「完璧なる神、二国の主、ネブ・ケぺルウ・ラー、永遠の生命を与えられし者」 とヒエログリフで描かれている。

ウェプワウェトは、エジプト語で「道を開くもの」を意味し、ピラミッド・テキスト以来、「開口の儀礼」を行なう者とされ、王の不死への道を開くという役割を演じる神であった。

厨子の上部に二重に少し垂れ下がっているのは、「ケケル」フリーズを意識した花飾りである。
「ケケル」フリーズは、生者の世界と死者の世界とを分ける聖なる境界線であったと考えられている。

厨子は先導する白装束の12人の男性たちによって、そりに乗せられ綱で引かれている。
12名のうち、2名が剃髪しているが、彼らは神官か宰相であった。

ツタンカーメン王墓
 玄室の西(北)壁面

西壁面(画面むかって左手)には、冥界を描いた葬祭文書である「アムデゥアトの書」から題材が採られたと思われる場面が描かれている。
同じ方向を向いた12匹のヒヒが三段四列に描かれており、その壁画の大部分を占めている。

12匹は冥界を旅する王と太陽が復活する夜明けまでの夜の12時間をそれぞれ表現しているのである。
古代エジプトにおいて、しばしばヒヒは知恵の神トトを表す際に用いられた。・・・・・・

いずれにせよ西壁面は夜をテーマにした壁画なのである。

西壁面は上部は二面に分かれており、向かって右側に五人の神々が行列をなしている様子が、そして反対の左側には太陽の船に乗るフンコロガシの外見をした太陽神ケプリが夜明けに昇る際に両側からオシリス神に讃えられている様子が描かれている。



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 玄室の南壁面
   
ツタンカーメンを真ん中にして、前方に女神ハトホル、後方にアヌビス神が描かれている。

ハトホル女神はツタンカーメンの口に生命の象徴であるアンクを入れようとしているが、これは「命を与える」ことを意味することから、彼の「復活」を意味するアクションであるという。

また、この写真ではよく見えないが、ツタンカーメンは白いサンダルを履いており、これは彼がすでに復活したのだという意味を示すという。

(上の三つの壁画についての説明は、大城道則著 「古代エジプト死者からの声」より部分的に引用させていただきました。)


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昨年の5月22日以来、約一年ぶりの更新です。

体調を崩してしまったので、期せずして長らくお休みしてしまいました。

熱心に読んでくださっていた皆さんには、予告もせず、長い間ご心配をおかけして大変申し訳ありませんでした。
m(_)m

これからも無理せずマイペースでやっていこうと思いますので、どうぞよろしくお願いします。

(できましたら「イイネ」などの応援もいただけると嬉しいです。)


Egypt decoded

この動画の5:00辺りからは宇宙の壮大なサイクルのことを言っていますが、「beginning of time」(エジプト人の考えるこの世界の始まり)に起こった「Mound of creation」,つまり地球の全くのカオス(混沌)の状態から最初に生まれた「原初の丘」について触れています。

つまり、エジプト人がヌン「原初の海」と呼ぶ、全地が水で覆われてしまっている状態から水が少しづつ引くことによって、初めて顔を出した「島」、あるいは「山」(もしくは丘と表現されることも。)のイメージ映像が出てきます。
(これは聖書にあるノアの大洪水後、水がゆっくりと引いて山々の頂が現れる様子とよく符合しています。)

この人類史にとって記念すべき出来事が、オシリスの象徴的な墓の建設につながったとアンドリューコリンズ氏は述べています。

(過去記事で紹介した「オシリス・シャフト」の第三層(一番下の層)には、中央部分が高くなってその周りを水がめぐっていますが、この構造は、この時の光景を再現したものだといいます。)
オシリス・シャフト


           201703072222158ec_20180419120412eb5.jpg

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

The Seacret of the Duat (デゥアトの秘密) (P.44~)

・・・This we can assume with some certainty , for there is form evidence that Osiris's tomb was thought to have existed within the island of mound of first creation, like those seen in the Fifth Hour of the am-duat text.

・・・オシリス神の墓がAm-duat テキストの第5層に見られるような、原初に創造された島か小山の中にあったと考えられていたという確かな証拠があるため、我々は確信をもってこのことを推測することができます。

It was this surmise that led to the construction of symbolic tombs of Osiris, which featured a raised island surrounded by the primeval waters of Nun.

それはヌンの「原初の海」に囲まれた隆起した島を特徴とした、オシリスの象徴的な墓の建設につながったとの推測でした。

They included the Osirieon, or cenotaph ( a symbolic tomb or shrine), attached to the temple of Seti 1, who reigned c.1308-1291BC, in Abydos, and perhaps the Osiris Shaft in Giza.

それらはアビドスで、紀元前1294年 - 紀元前1279年に君臨したセティ1世の神殿に取り付けられているオシレイオン、あるいは記念碑(象徴墓あるいは聖域)、そしておそらくギザの「オシリス· シャフト」も含まれていました。

 2017051801553396f_2018041923131602a.jpg 2017051802062570d_20180419231417bb0.jpg
                         オシレイオン

Both have elevated platforms surrouded by water that rises up from below.

両方とも、下から湧き上がる水に囲まれた高いプラットフォームをもっています。

Further confirmation that the burial place of Osiris was synonymous
with the island or mound of first creation comes from the temple of Philae in southern Egypt.


オシリスの埋葬地が原初に創造された島、あるいは小山と同じであったことを示すさらなる証拠は、南エジプトのフィラエ神殿から来ています。

Here it records that the "sanctified Territory which Ptah founded ,and which men call the beginning of the Earth, was at the same time a burial place in which Osiris was believed to rest. "(Emphasis in the original.)

ここには "プタハ神が創設した「地球の始まり」と呼ぶ神聖な地域は、同時にオシリスが永眠していると信じられている埋葬地だった"と記録されています。(「原初の」が強調されている)。

Thus it becomes clear that the ancient Egyptian island or mound of creation was synonimous with the tomb of Osiris, which had originally been the domain of Sokar as both guardian and internee of the Shetayet.

したがって、古代エジプトの島あるいは原初の小山は、もともとShetayetの守護者、抑留者(?)としてソカル神の領域だったオシリス神の墓と同じであったことが明らかになります。

If correct, then we can safely conclude that all these locations were one and the same and that their prototype, symbolizing the place of first creation, existed somewhere in the vicinity of Rostau-that is, the Giza pyramid field.

もしそうなら、私たちは無事結論づけることができますー原初の創造の場所を象徴している全てそれらの場所の原型はひとつでおんなじであり、(そしてそれは)ギザのピラミッドフィールド、すなわちロスタウの近傍のどこかに存在していたと


( 以上アンドリュー・コリンズ著 「Beneath the Pyramid」より引用・訳は筆者による。)

関連する記事・・・「原初の小丘」についてヘリオポリスの天文学不死鳥(フェニックスの周期古事記の創世神話 その2など。

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下の動画でギザのピラミッド・フィールドにあるオシリス・シャフトの映像が出てきますが、ザヒ博士もオシリス・シャフトがオシリスの墓であると言っています。

「この部屋はクフ王の墓ではなく、冥界の神オシリスを祭っている、儀式的な部屋であることが調査の結果わかりました。」

 また「オシリスは死んでいる王ではなく、生きている神なので遺体はなく、ここは象徴的な墓なのです。

 とも別の番組で言っていました。)


Osiris




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お待たせしました、久々の更新です。

まず最初に、エジプトの前生漫画の続きを待ってくださっている方々には申し訳ないのですが、4月~5月はなかなか製作に集中できず、まだ2ページしか追加を描けていないのでお詫びします。

ここのところは北朝鮮のミサイル問題や「共謀罪」を国会で通過させようとする動きなど、胸のざわつくようなニュースばかりだったのであまり気持ちが落ち着きませんでした。(本当はそっちのことについて書きたかったのですが、前生の漫画を載せてからこのブログへのアクセスが増えたので、なるべくこちらを優先することにしました。)

そんなわけで前回記事を書いてからからだいぶ間があいてしまったのと、以前のページを一部手直ししたので、もう一度マンガの最初から載せることにします。そのほうが分かりやすいと思うので・・・

なお、この漫画では主人公(前生のわたし)の視点が自分からのものであったり、自分の外側からであったり、空中からのものであったりとコロコロ変わり、一体どうしてなのかと不思議に思われる方もいるかもしれませんが、催眠中にはそのようなことはしばしばおこることなので、あまり気にしないようにしていただけると助かります。

本当はこの話の最後までいきたかったのですが、まだ製作に時間がかかりそうなので、途中ですが載せることにします。

古代エジプトの前生マンガ01
古代エジプトの前生マンガ04
古代エジプトの前生マンガ05
古代エジプトの前生マンガ06
古代エジプトの前生マンガ07
古代エジプトの前生マンガ12
古代エジプトの前生マンガ11 (つづく)

(解説)  

ヒプノセラピーの中でもこの場面は何回かにわたって繰り返し出てきた一番印象的なシーンだったので、比較的よく覚えています。

前半部分では私の立ち位置がわかりずらいと思いますが、私本人は運河の右側にいて、左手から流されてくる小舟を右手に見送るところのようです。
考えてみると、乗り物がどこからかやってきてまた見送るところは、現代の地下鉄のプラットフォームにも似ているなと思いました。

この場所を見たときに軽い驚きと共に感じたことは、ここが人をはじめとした生命の気配がまったくないばかりか、およそ人のために作られたもの(たとえば卑近なものとして、椅子だとか、机だとか・・・)のような人の営みに必要なものがなんにもない、特殊な場所だったということです。

上にも描いたように周囲は重く冷たい石の壁で囲まれており、人の生存に必要な温かみを感じさせるものは微塵もありませんでしたし、今はどのようなものだったか忘れてしまいましたが、圧迫感のようなものもあって、けして居心地のいい場所ではなかったことは確かだと思います。

恐らくピラミッドの内部の部屋などに入った方には分かるのかもしれませんが、私は物心ついて以来そういう空間に入ったことがなかったので、この場所には「違和感」のようなものを覚えました。

また、周囲の壁の様子はおぼろげでよくは見えませんでしたが、巨大な石だけでできている感じは以下に貼ったオシレイオンやスフィンクスの隣にある河岸神殿にも似ているなと思いました。

デンデラにあるオシレイオン
(デンデラはルクソールの北、アビュドスの南にある。)

オシレイオン1 

      
オシレイオン2

オシレイオン3

ここの天井はくずれていてもうありませんが、これに天井をかぶせると内部の雰囲気は少し似ているかもしれません。


河岸神殿内部
                 河岸神殿内部

なお、この時の私は白人女性のような外見だったので、よその土地からエジプトに移ってきたのかもしれません。




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オシリス・シャフト」と言えば思い出すのは、古代ギリシアの歴史家のヘロドトスがその著書『歴史』の中で語ったことばですが、

「・・・道路のほかに、ピラミッドの立つ丘の中腹をえぐって地下室も造られた。これは王が自分の葬室として造らせたもので、・・・」

「・・・ナイルの水が特に作られた水路を通じて内部に流れ込んで部屋の周囲をめぐっているので、地下室はさながら孤島のごとき観を呈しているが、この中にケオプス(クフ王)の遺体が横たわっていると伝えられる。

とあり、これは色々な点でオシリス、シャフトのことではないかという見方が有力なのではないかと思います。

第三層
                  第三層

前記事で紹介したオシリスシャフトのサイトの下の方に、これについて詳しい「追跡動画」へのリンクが貼りつけてありますが、この動画がとても興味深いので以下に概要をまとめてみました。

この動画によれば、

シャフト(竪穴)の一番下の第3層は水をたたえていますが、
そこはナイルの伏流水(ふくりゅうすい)が引かれていた。聖なる部屋として、清らかな水が循環していたのだ。」と驚くべき説明がされていました。
(伏流水とは、河川の下に沁みこんだ水が地下水になることを言っているようです)

つまりはこの短い説明の中で、部屋に満ちている水はナイル川由来の水だと認めていることになるわけで、しかも、「循環」していると言っているわけです(!!)
(「循環している」、ということはつまり、どこからか水の出入りがある、ということを意味しているのではないでしょうか?)

残念なことに博士はこの水についてそれ以上述べてはくれませんが、動画で見るかぎりでは水がとても綺麗なことから、この水は長い間、ここに溜まったままの水でないことは確かな気がします。 

ザヒ博士いわく「この部屋は冥界の神オシリスを祭っている、儀式的な部屋であることが調査の結果わかりました。」

「生と死を支配するオシリス神が祭られているということは、クフ王の墓が近くにあることを示しているのです。」


オシリス神は冥界を支配する神。死者となった王を導き、再生・復活をつかさどる。
亡くなった王を冥界へ導くと言われる。


ツタンカーメンの墓 オシリス神
    ツタンカーメンの墓に描かれたオシリス(左)

オシリスのいるところ、必ず王の墓がある。

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また、オシリス・シャフトの様子はテレビで2005年に「世界・不思議発見!」という番組でも放映されました。(録画したものをもっているので)
(この番組には吉村作治先生も出演し、この部屋の水は、最初からこの部屋の真ん中を取り囲むように意図して設計されたと思うと述べていました。)

この番組の中でも、ザヒ博士は「ここがクフ王の墓であるという証拠はありません。」、「ここはオシリス(あの世の神)のための象徴墓として作られたと確信しています。」と話していました。

なぜなら水は生命の象徴であり、オシリスの死と復活と深いかかわりがあり、この墓は象徴的なものなのです。」と。

さらに興味深いことに、第三層の部屋の隅っこから北西方向(大ピラミッドのある方向!)へ伸びるトンネルがありました。

博士は「オシリス神の魂がこのトンネルを行き来し、地下からこの一体を支配しているのではないか」と言っていたのがとても興味深く、いまだに記憶しています。

ザヒ博士は、「このトンネルにはきっと何か意味があるはずだ。私は、必ずこの手で謎を解き明かしてみせる。」と意欲を見せていました。この当時はまだ9メートルして掘り進んでいませんでしたが、この調査はその後どうなったのでしょう?・・・・・・

すごく気になったのですが、その後、10年以上も経っているのに、ここがクフ王のピラミッドにつながっているという情報が聞こえて来ないのが残念です。


                       DVC02672.jpg

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(同じ動画より引用)

クフ王の墓は、このギザ台地のどこに眠っているのだろうか。

エジプト考古庁長官・ザヒ・ハワス博士には、ある仮説があった。

まだ見ぬクフ王の墓は、クフ王のピラミッドの地下に隠されていると私は確信しています。」

サッカラの階段ピラミッドにこそ、その謎を解く鍵が隠されている」と博士はいうのだ。

サッカラのピラミッドは、クフ王のピラミッドより百年早く作られた(建造年代が紀元前2650年ごろとされている)、古代エジプト史上初のピラミッドだ。

その高さ60メートル。王が、天に昇るイメージで、階段状に作られた。

              階段ピラミッド3
サッカラの階段ピラミッド


階段ピラミッドを造り上げた天才の名は、イムヘテプ。後の時代には、神としてあがめられた。

「イムヘテプの造り上げた階段ピラミッドにこそ、クフ王発見の鍵が隠されているのです。」とザヒ博士。

階段ピラミッドには大きな謎がある。

サッカラのピラミッドは、正規の入り口を入り、回廊を抜けると大きなシャフトにたどり着くというシンプルな作りだ。

列柱の並ぶ回廊。このシャフトの底に、階段ピラミッドの持ち主、ジェセル王の棺が埋められていた。

シャフトは、百年前まで、砂に埋もれていたという。

階段ピラミッド2

大きな謎というのは、正規の入り口の裏に、「秘密の入り口」が設けられているのだ。

秘密の入り口から通じる内部は、回廊のようにきれいに整備された通路が作られていた。

地下およそ20メートルの地点には、ジェセル王のレリーフが残されていた。

今から、4650年前の肖像画だ。

ここには美しいタイルの壁があります。

古代、秘密の通路の壁には、青いタイルが貼られていた。(星らしきものも描かれていました)

階段ピラミッド内部を、美しく飾っていたのだ。

さらに通路は地下へと伸びていく。

内部には、シャフトにつながる秘密の通路が作られていた。

それは、アリの巣のように張り巡らされ、全長はなんと7キロメートルにも及んでいた。

ピラミッド階段
(上の2枚の写真はこちらよりお借りしました。)


イムヘテプは、何故このような回廊を作る必要があったのだろうか?

通路の終点は、シャフトの底。深さ、28メートル。幅7メートル。

クフ王のピラミッドを考えるときに、ピラミッドの原点、階段ピラミッドの内部構造を考えなくてはなりません。つまり、この7キロに及ぶ、謎の回廊のようなものが、クフ王のピラミッドの地下に、造られている可能性があるのです。」とザヒ博士。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。(以上引用)


私個人はクフ王のピラミッド(大ピラミッド)をクフ王の墓だとは考えていませんが、謎の回廊のようなものが大ピラミッドの地下にもあるかもしれないというザヒ博士の考え方には、とても興味を惹かれました。



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☆( この記事は「古代エジプトの前生」というカテゴリに入れています。この関連の記事だけをご覧になりたい方は、右上、あるいは左下の「カテゴリ」から、該当の箇所をクリックしてくださるとまとめて読めます。)

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11年前(2005~6年ごろ)にこの場面を見たあと、ここは一体どこだろう?と色々と考えてみたのですが、私が見るよう誘導されたのがエジプトであったこと、またエジプトのファラオ(王)が出てくるのでエジプトのどこかであることはまず間違いないだろうと思いました。

次に、漫画の上のページでは描くのを省略していますが、そこは巨大な石だけでできている施設だという風に私には思えたので、やはり、こういった特殊な構造の建築物があるのはギザのピラミッド周辺ではないだろうかと疑っていました。また、催眠の中で、なんとなく地下でどこかにつながっている範囲の広い複合的な施設のような気もしていたので、その後何年かは色々なエジプトに関するニュースに注目していました。

しかし、本当に奇妙なのは、なぜわざわざ地下に水を引いてきて、小舟を流すような面倒なことをしたのか・・・という点ではないでしょうか。

私が見たかぎりでは、舟は木でできた簡素なボートで、動力は何もついていませんでした。舟が一定方向に流されるためには、どこからか水が来て、どこかへと流れて行かねばなりません。それは一体どこから来て、どこへ注いでいたのか・・・?

それに、どのような仕組みを使って水の流れを起こしていたのか・・・

それにこうした「人工の運河」とでもいうようなものを地下深くに造るのはとても大変な作業に思えます。ファラオの棺(あるいは遺体)を運ぶためだけなら、何もそんなことをしなくてもいいのではないでしょうか。

いろいろと謎がつきませんでした。

しかし、その後ギザ台地の下に豊富に「水」が存在することを思わせる、色々なニュースが飛び込んできました。

たとえば2007年12月30日にギザの古代遺跡周辺における「地下水位上昇」というニュースが流れましたが、それはこういうものでした。

 【カイロ30日共同】
 
3大ピラミッドやスフィンクスで知られるエジプトの首都カイロ郊外、ギザの古代遺跡群周辺で地下水位が年々上昇し、一部で地上に水があふれて遺跡が浸水、ピラミッド建設に当たった労働者や貴族らが暮らした街の遺跡 「ピラミッドタウン」 の発掘作業に深刻な影響が出ていることが30日までに分かった。

同国考古最高評議会のザヒ・ハワス事務局長らが共同通信に明らかにした。  評議会の委託を受け、ギザで地質調査を行うカイロ大工学部のレダ・ダマク博士は「地下水はスフィンクスの真下でも約4メートルに迫っている 」と説明。

地下水には塩分なども含まれていることから、長期的には地中の基礎部分の腐食を通じてスフィンクスが危険にさらされる恐れもあり、評議会は近く、地中に排水管を敷設するなどの対策に乗り出す方針。

ピラミッドの南側に広がる古代エジプト第4王朝期 (紀元前2613−同2494年) に形成されたピラミッドタウンの一角で、貴族らが居住していたとみられる住居跡や土器が多数出土している 「西の町」 と呼ばれる遺跡の浸水が特に深刻。


   
     ピラミッドタウン
                    ピラミッドタウンの発掘の様子

ピラミッド・タウンの位置
                    ピラミッドタウンの位置

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また、TVでも放映されたあの有名なオシリス・シャフト。( オシリス・シャフトの画像を載せているサイトは→ こちら

これの発見により、ギザ大地のど真ん中にあるオシリス・シャフトの一番底にある第三層には地下水があることが判明しました。

オシリシャフト
 オシリス・シャフト

しかしさらに興味深いのは、1945年にこのシャフト(竪穴)がみつかった当時には内部がすっかり地下水で満たされており、長い間そのまんま放置されていたらしいことです。 驚くことに穴に貯まった地下水は、ギザで働く地元のエジプト人たちが飲み水として使ったり、泳いだり(どれだけ水があるんだよ! )していたと・・・。


 ザヒ・ハワス氏によれば、1999年になってこの穴の水をようやく抜く作業が始まり、本格的な調査が開始されたということですから、ギザ台地の地下には周辺のどこからか水が引かれていたのかもしれないと思いました。


        Nile_River_and_delta_from_orbit.jpg




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